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韓非子 / 顯學第五十

今兼聽雜學繆行同異之辭,安得無亂乎?聽行如此,其於治人又必然矣。今世之學士語治者,多曰:「與貧窮地以實無資。」今夫與人相若也,無豐年旁入之利而獨以完給者,非力則儉也。與人相若也,無饑饉、疾疚、禍罪之殃獨以貧窮者,非侈則墯也。

新字:今兼聴雑学繆行同異之辞,安得無乱乎?聴行如此,其於治人又必然矣。今世之学士語治者,多曰:「与貧窮地以実無資。」今夫与人相若也,無豊年旁入之利而独以完給者,非力則倹也。与人相若也,無饑饉、疾疚、禍罪之殃独以貧窮者,非侈則墯也。

書き下し

今雜學繆行同異の辭を兼聽す、安んぞ亂るる無きを得んや。聽行此くの如くんば、其の人を治むるに於ても又必ず然らん。今世の學士の治を語る者、多く曰く、「貧窮に地を與へて以て資無きを實たせ」と。今夫れ人と相若くして、豐年旁入の利無くして獨り以て完給する者は、力に非ずんば則ち儉なり。人と相若くして、饑饉・疾疚・禍罪の殃無くして獨り以て貧窮なる者は、侈に非ずんば則ち墯なり。

現代語訳

今、雑多な学問や誤った行い、同じことも違うことも言う議論を、すべて聞き入れている。どうして乱れずにいられようか。聞き方や行い方がこのようであれば、人を治めることについても必ずそうなる。今の世の学者で政治を語る者の多くは「貧しい者に土地を与えて、元手のない者を満たしてやれ」と言う。しかし、他の人と条件が同じで、豊作や副収入の利益がないのに一人だけ暮らしが足りている者は、勤勉か倹約かのどちらかである。他の人と条件が同じで、飢饉や病気、災難や罪の禍もないのに一人だけ貧しい者は、贅沢か怠惰かのどちらかである。

解説

顕学篇で、相反する学説を同時に聞き入れる混乱を指摘したあと、儒家的な救貧論への批判に入る一段です。貧しい者に土地を与えよという学者の主張に対し、韓非は、同じ条件で一人だけ豊かな者は勤勉か倹約、一人だけ貧しい者は贅沢か怠惰だと言い切ります。次の段で、豊かな者から取って貧しい者に与えるのは、勤勉を罰し怠惰を賞することだと続きます。現代の社会保障の考え方とは相いれない面もありますが、報酬と努力の結びつきを断てば人は努力しなくなる、という論点は、組織の評価や配分を考えるうえで今も避けて通れない問いです。

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