韓非子 / 問辯第四十一
是以亂世之聽言也,以難知爲察,以博文爲辯;其觀行也,以離羣爲賢,以犯上爲抗。人主者說辯察之言,尊賢抗之行,故夫作法術之人,立取舍之行,别辭争之論,而莫爲之正。
新字:是以乱世之聴言也,以難知為察,以博文為弁;其観行也,以離羣為賢,以犯上為抗。人主者説弁察之言,尊賢抗之行,故夫作法術之人,立取舎之行,別辞争之論,而莫為之正。
書き下し
是を以て乱世の言を聴くや、難知を以て察と為し、博文を以て辯と為す。其の行を観るや、離群を以て賢と為し、犯上を以て抗と為す。人主なる者は辯察の言を説び、賢抗の行を尊ぶ、故に夫の法術を作す人、取舎の行を立て、辞争の論を別つも、之が正を為す莫し。
現代語訳
そういうわけで乱世では、言葉を聞くにあたって、分かりにくいことを鋭い洞察とし、博識な文章を弁舌の才とする。行いを観るにあたって、群れから離れることを賢いとし、上に逆らうことを気骨があるとする。君主は弁舌や洞察らしい言葉を喜び、賢さや気骨らしい行いを尊ぶ。だから法術を立てる人が、取るべきものと捨てるべきものの行いを定め、言い争いの議論を区別しても、それを正しいとする者がいない。
解説
問辯篇で、乱世の評価基準の倒錯を指摘する箇所です。分かりにくい話ほど深い洞察に見え、博識をひけらかす文章ほど弁舌が立つと見なされる。群れを離れる者は賢者と、上に逆らう者は気骨ある者と称えられる。君主までがそうした言行を喜ぶので、法術によって何を取り何を捨てるかの基準を示しても、誰も正しいと認めないと韓非は嘆きます。これは儒家や隠者、弁論家の名声が実際の功績と無関係に高まっていた戦国の世相への批判です。今でも難解な専門用語や過激な反骨の姿勢が、中身より先に評価されることがあります。分かりやすく成果につながる言葉を、正当に評価できているかを問いかけます。
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