韓非子 / 外儲說左上第三十二
此可謂善賣櫝矣,未可謂善鬻珠也。今世之談也,皆道辯說文辭之言,人主覽其丈而忘有用。墨子之說,傳先王之道,論聖人之言,以宣告人。若辯其辭,則恐人懷其文忘其直,以文害用也。
新字:此可謂善売櫝矣,未可謂善鬻珠也。今世之談也,皆道弁説文辞之言,人主覧其丈而忘有用。墨子之説,伝先王之道,論聖人之言,以宣告人。若弁其辞,則恐人懐其文忘其直,以文害用也。
書き下し
此れ善く櫝を売ると謂ふべくして、未だ善く珠を鬻ぐと謂ふべからざるなり。今世の談や、皆弁説文辞の言を道ひ、人主其の文を覧て用有るを忘る。墨子の説は、先王の道を伝へ、聖人の言を論じて、以て人に宣告す。若し其の辞を弁にせば、則ち人其の文を懐ひて其の直を忘れ、文を以て用を害せんことを恐るるなり。
現代語訳
(楚の人が鄭で、香木の箱に入れて珠を売ったところ、鄭の人は箱だけ買って珠を返した。)これは箱を売るのがうまかったとは言えても、珠を売るのがうまかったとは言えない。今の世の議論は、みな弁舌や美しい文辞の言葉を並べ、君主はその文飾に目を奪われて、役に立つかどうかを忘れてしまう。墨子の説は、先王の道を伝え、聖人の言葉を論じて人々に広く告げるものである。もしその言葉を雄弁に飾れば、人々は文飾にばかり心を寄せて中身を忘れ、文飾によって実用を損なうことを恐れたのである。
解説
田鳩が楚王に答えた話の結びで、「買櫝還珠(櫝を買いて珠を還す)」の故事として知られる部分です。美しい箱に入れた珠を売ったら、箱だけが売れて珠は返されたという話を受け、墨子が言葉を飾らなかったのは、飾れば読む人が中身を忘れるからだと説明します。韓非は墨家を批判することも多いのですが、ここでは弁舌や文辞の華やかさが実用を損なうという自分の主張に、墨子の姿勢を引き寄せて使っています。経の「人主の言を聴くや、其の弁を美とす」への反証です。資料のデザインや言い回しに凝るほど、肝心の提案が伝わらなくなることがあります。伝えるべき中身より包装が目立っていないか、点検したいところです。
関連する章句
-
『韓非子』外儲說左上第三十二楚人に其の珠を鄭に賣る者有り。...鄭人其の櫃を買うて其の珠を還す。
-
『韓非子』外儲說左上第三十二一。明主の道は、有若の密子に応ずるが如し。人主の言を聴くや、其の弁を美とし、其の行を観るや、其の遠きを賢とす。故に群臣士民の言を道ふ者は迂弘にして、其の身を行ふや世を離る。其の説は田鳩の荊王に対ふるに在り。故に墨子木鳶を為り、謳癸武宮を築く。夫れ薬酒忠言は、明君聖主の以て独り知る所なり。二。人主の言を聴くや、功用を以て的と為さざれば、則ち説く者に棘刺・白馬の説多し。儀的を以て関と為さざれば、則ち射る者皆羿の如し。人主の説に於けるや、皆燕王の道を学ぶが如きなり。而して長説する者は、皆鄭人の年を争ふが如きなり。是を以て言に繊察微難にして務に非ざる有り、故に季・恵・宋・墨は皆画策なり。論に迂深閎大にして、用に非ざる有り、故に魏・長・瞻・陳・荘は皆鬼魅なり。行に払難堅確にして、功に非ざる有り、故に務・卞・鮑・介・田仲は皆堅瓠なり。且つ虞慶匠を詘して屋壊れ、范且工を窮して弓折る。是の故に其の誠を求むる者は、帰餉に非ざれば可ならず。三。夫の相為にするを挟めば則ち責望し、自ら為にすれば則ち事行はる。故に父子或いは怨譙し、庸を取りて作る者は美羹を進む。説は文公の先づ宣言すると勾践の如皇を称するとに在り。故に桓公蔡の怒りを蔵して楚を攻め、呉起瘳ゆるを懐ひて実に傷を吮ふ。且つ先王の賦頌、鍾鼎の銘は、皆播吾の跡、華山の博なり。然れども先王の期する所の者は利なり、用ふる所の者は力なり。築社の諺は、自ら辞説するなり。請ふ学者を許して宛曼を先王に行ふは、或いは今に宜しからざるか。是の如くんば、更むること能はざるなり。鄭県の人車厄を得るなり、衛人の弋を佐くるなり、卜子の妻の弊袴を写すなり、而して其の少者の長者に侍して飲むなり。
-
『韓非子』外儲說左上第三十二今我鳶を為る、三年にして成り、蜚ぶこと一日にして敗る。」恵子之を聞きて曰く、「墨子は大巧なり、輗を為るを巧とし、鳶を為るを拙とす。」宋王斉と仇たるや、武宮を築く。
-
『韓非子』外儲說左上第三十二賞罰信ならざれば則ち禁令行はれず、説は文公の原を攻むると箕鄭の餓を救ふとに在り。是を以て呉起故人を須ちて食し、文侯虞人に会して猟す。故に明主信を表すこと、曾子の彘を殺すが如きなり。患は厲王の警鼓を撃つと李悝の両和を謾くとに在り。一。宓子賤単父を治む。有若之を見て曰く、「子何ぞ臞せたるや。」宓子曰く、「君賤の不肖を知らず、単父を治めしむ、官事急にして、心之を憂ふ、故に臞せたり。」有若曰く、「昔者舜五絃を鼓し、南風の詩を歌ひて天下治まる。今単父の細を以て、之を治めて憂ふ、天下を治むるは将に奈何せんとするや。故に術有りて之を御すれば、身廟堂の上に坐し、処女子の色有るも、治に害無し。術無くして之を御すれば、身瘁臞すと雖も、猶ほ未だ益有らず。楚王田鳩に謂ひて曰く、「墨子は、顕学なり。其の身体は則ち可なり、其の言多くして弁ならざるは、何ぞや。」曰く、「昔秦伯其の女を晋の公子に嫁がしむ、晋をして之が為に装を飾らしめ、文衣の媵七十人を従へしむ。晋に至る、晋人其の妾を愛して公女を賤しむ。此れ善く妾を嫁がしむと謂ふべくして、未だ善く女を嫁がしむと謂ふべからざるなり。
-
史記 老子韓非列伝凡そ説の務めは、説く所の敬ふ所を飾り、其の醜づる所を滅ふを知るに在り。彼自ら其の計を知とせば、則ち其の失を以て之を窮せしむる毋かれ。自ら其の断を勇とせば、則ち其の敵を以て之を怒らしむる毋かれ。自ら其の力を多とせば、則ち其の難を以て之を概する毋かれ。異事の同計なるを規とし、異人の同行なる者を誉むれば、則ち以て之を飾りて傷つくる無し。与に失を同じくする者有らば、則ち明らかに其の失無しと飾れ。大忠は拂悟する所無く、辞言は撃排する所無く、乃ち後に其の弁知を申ぶ。此れ親近せられ疑はれざる所以にして、知を尽くすことの難きなり。曠日弥々久しきを得て周澤既に渥ければ、深く計るも疑はれず、交々争ふも罪せられず、乃ち明らかに利害を計りて以て其の功を致し、直ちに是非を指して以て其の身を飾る。此れを以て相ひ持す、此れ説の成るなり。
-
『韓非子』外儲說左上第三十二斉に居士田仲なる者有り、宋人屈穀之に見えて曰く、「穀聞く先王の義は、人を恃仰して食はずと。今穀に巨瓠有り、堅きこと石の如く、厚くして竅無し、之を献ぜん。」仲曰く、「夫れ瓠の貴ぶ所は、其の以て盛るべきを謂ふなり。今厚くして竅無ければ、則ち剖きて以て物を盛るべからず。而して任重きこと堅石の如ければ、則ち以て剖きて以て斟むべからず。吾以て瓠を為すこと無きなり。」曰く、「然り、穀将に之を棄てんとす。」今田仲人を恃仰して食はず、亦人の国に益無し、亦堅瓠の類なり。虞慶屋を為る、匠人に謂ひて曰く、「屋太だ尊し。」匠人対へて曰く、「此れ新屋なり、塗濡れて椽生なり。」虞慶曰く、「然らず。夫れ濡塗は重くして生椽は撓む、撓椽を以て重塗に任ず、此れ宜しく卑かるべし。更に日久しければ、則ち塗乾きて椽燥く。塗乾けば則ち軽く、椽燥けば則ち直し、直椽を以て軽塗に任ず、此れ益ます尊からん。」匠人詘し、之を為りて屋壊る。一に曰く、虞慶将に屋を為らんとす、匠人曰く、「材生にして塗濡る。夫れ材生なれば則ち撓み、塗濡るれば則ち重し、撓を以て重に任ず、今成ると雖も、久しくして必ず壊れん。」虞慶曰く、「材乾けば則ち直く、塗乾けば則ち軽し。今誠に乾くを得ば、日に以て軽直ならん、久しと雖も、必ず壊れず。」匠人詘し、之を作りて成る、間有りて、屋果して壊る。范且曰く、「弓の折るるは、必ず其の尽くるに於てし、其の始めに於てせざるなり。夫れ工人の弓を張るや、檠に伏すること三旬にして弦を蹈み、一日にして機を犯す、是れ之を其の始めに節して之を其の尽くるに暴するなり、焉んぞ折るること無きを得ん。且つ弓を張ること然らず、檠に伏すること一日にして弦を蹈み、三旬にして機を犯す、是れ之を其の始めに暴して之を其の尽くるに節するなり。」工人窮し、之を為りて、弓折る。范且・虞慶の言は、皆文弁辞勝りて事の情に反す。人主説びて禁ぜず、此れ敗るる所以なり。