韓非子 / 內儲說下六微第三十一
鄭桓公將欲襲鄶,先問鄶之豪傑、良臣、辯智果敢之士,盡與姓名,擇鄶之良田賂之,爲官爵之名而書之。因爲設壇場郭門之外而埋之,釁之以雞豭,若盟狀。鄶君以爲内難也而盡殺其良臣。桓公襲鄶,遂取之。七。秦侏儒善於荆王,而陰有善荆王左右而内重於惠文君。荆適有謀,侏儒常先聞之以告惠文君。鄴令襄疵,陰善趙王左右。趙王謀襲鄴,襄疵常輒聞而先言之魏王。魏王備之,趙乃輒還。衛嗣君之時,有人於令之左右。縣令發蓐而席弊甚,嗣公還令人遺之席,曰:「吾聞汝今者發蓐而席弊甚,賜汝席。」縣令大驚,以君爲神也。
新字:鄭桓公将欲襲鄶,先問鄶之豪傑、良臣、弁智果敢之士,尽与姓名,択鄶之良田賂之,為官爵之名而書之。因為設壇場郭門之外而埋之,釁之以鶏豭,若盟状。鄶君以為内難也而尽殺其良臣。桓公襲鄶,遂取之。七。秦侏儒善於荆王,而陰有善荆王左右而内重於恵文君。荆適有謀,侏儒常先聞之以告恵文君。鄴令襄疵,陰善趙王左右。趙王謀襲鄴,襄疵常輒聞而先言之魏王。魏王備之,趙乃輒還。衛嗣君之時,有人於令之左右。県令発蓐而席弊甚,嗣公還令人遺之席,曰:「吾聞汝今者発蓐而席弊甚,賜汝席。」県令大驚,以君為神也。
書き下し
鄭の桓公将に鄶を襲はんと欲し、先づ鄶の豪傑・良臣・弁智果敢の士を問ひ、尽く姓名を与へ、鄶の良田を択びて之に賂し、官爵の名を為りて之を書す。因りて為に壇場を郭門の外に設けて之を埋め、之に釁るに雞豭を以てし、盟ふ状の若くす。鄶君以て内難と為して尽く其の良臣を殺す。桓公鄶を襲ひ、遂に之を取る。七。秦の侏儒荊王に善し、而して陰かに荊王の左右に善くする有りて内に恵文君に重んぜらる。荊適ま謀有れば、侏儒常に先づ之を聞きて以て恵文君に告ぐ。鄴の令襄疵、陰かに趙王の左右に善し。趙王鄴を襲はんと謀る、襄疵常に輒ち聞きて先づ之を魏王に言ふ。魏王之に備ふ、趙乃ち輒ち還る。衛の嗣君の時、人を令の左右に有らしむ。県令蓐を発くに席弊るること甚し、嗣公還りて人をして之に席を遺らしめて曰く、「吾聞く汝今者蓐を発くに席弊るること甚しと、汝に席を賜ふ。」県令大いに驚き、君を以て神と為すなり。
現代語訳
鄭の桓公は鄶を襲おうとして、まず鄶の豪傑・良臣・知恵と勇気のある人物を調べ上げ、全員の姓名を書き出し、鄶の良い田地を選んで彼らに与える約束をし、官職と爵位の名を作って書き添えた。そして城郭の門の外に祭壇を設けてその書き付けを埋め、鶏と雄豚の血を塗って、盟約を結んだかのように見せかけた。鄶の君はこれを内部の謀反だと思い、良臣をことごとく殺した。桓公は鄶を襲い、ついに国を取った。(ここから説七。)秦の小人(侏儒)は楚王と親しく、ひそかに楚王の側近とも親しくしながら、国内では秦の恵文君に重んじられていた。楚で何か謀りごとがあると、侏儒はいつも先にそれを聞きつけて恵文君に知らせた。魏の鄴の県令の襄疵は、ひそかに趙王の側近と親しくしていた。趙王が鄴を襲おうと謀るたびに、襄疵はそのつどいち早く聞きつけて魏王に知らせた。魏王が備えるので、趙はそのたびに引き返した。衛の嗣君の時代、嗣君はある県令の身辺に人を置いていた。県令が寝床の敷物をめくると、ござがひどく傷んでいた。嗣君はその者の報告を受けると、人をやって県令にござを贈り、こう言わせた。「聞けばお前は先ほど敷物をめくったところ、ござがひどく傷んでいたそうだな。ござを与えよう。」県令は大いに驚き、君主を神のようだと思った。
解説
関連する章句
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説苑・權謀鄭の桓公將に鄶を襲はんと欲し、先づ鄶の辨智果敢の士を問ひ、其の名姓を書し、鄶の良臣を擇びて之に與へ、官爵の名を爲して之を書し、因りて壇を門外に設けて之を埋む。之に釁するに猳を以てし、盟状の若くす。鄶君以て內難と爲し、盡く其の良臣を殺す。桓公因りて之を襲ひ、遂に鄶を取る。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一是を以て晋の驪姫太子申生を殺して、鄭の夫人毒薬を用ひ、衛の州吁其の君完を殺し、公子根東周を取り、王子職甚だ寵有りて商臣果して乱を作し、厳遂・韓廆争ひて哀侯果して賊に遇ひ、田常・闞止、戴驩・皇喜敵して宋君・簡公殺さる。其の説は狐突の二好を称すると、鄭昭の未生に対ふるとに在り。参疑五。敵の務むる所は、淫察にして靡に就くに在り、人主察せざれば、則ち敵廃置す。故に文王費仲に資して、秦王楚使を患ふ。黎且仲尼を去らしめて、干象甘茂を沮む。是を以て子胥宣言して子常用ひられ、美人を内れて虞・虢亡び、佯りて書を遺して萇弘死し、雞豭を用ひて鄶の桀尽く。廃置六。参疑・廃置の事は、明主之を内に絶ちて之を外に施す。其の軽き者に資し、其の弱き者を輔く、此を廟攻と謂ふ。参伍既に内に用ひられ、観聴又外に行はるれば、則ち敵の偽得らる。其の説は秦の侏儒の恵文君に告ぐるに在り。故に襄疵鄴を襲ふを言ひて、嗣公令に蓆を賜ふ。廟攻。右は経。一。勢重は、人主の淵なり。臣は、勢重の魚なり。魚淵を失へば復た得べからず、人主其の勢重を臣に失へば復た収むべからず。古の人正言するを難る、故に之を魚に託す。賞罰は、利器なり、君之を操りて以て臣を制し、臣之を得て以て主を擁す。故に君先づ賞する所を見さば則ち臣之を鬻ぎて以て徳と為し、君先づ罰する所を見さば則ち臣之を鬻ぎて以て威と為す。
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『韓非子』內儲說上七術第三十其の患ひは申子の趙紹・韓沓を以て嘗試と為すに在り。故に公子汜は河東を割くを議し、而して応侯は上党を弛むるを謀る。一聴四。数々見えて久しく待ちて任ぜざれば、姦は則ち鹿のごとく散ず。人をして他を問はしむれば則ち私を鬻がず。是を以て龐敬は公大夫を還し、而して戴讙は轀車を視しむるを詔し、周主は玉簪を亡ひ、商の太宰は牛矢を論ず。詭使五。智を挟みて問へば、則ち不智なる者も智なり。深く一物を智れば、衆隠皆変ず。其の説は昭侯の一爪を握るに在り。故に必ず南門にして三郷得らる。周主は曲杖を索めて群臣懼れ、卜皮は庶子を使ひ、西門豹は詳りて轄を遺る。挟智六。倒言反事して以て疑ふ所を嘗みれば、則ち姦情得らる。故に陽山は樛豎を謾り、淖歯は秦の使ひと為り、斉人は乱を為さんと欲し、子之は白馬を以てし、子産は訟者を離し、嗣公は関市を過ぐ。倒言七。右経一。衛の霊公の時、弥子瑕寵有りて、衛国を専らにす。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一「能く大事を挙げんか。」曰く、「能くす。」是に於て乃ち宿営の甲を起して成王を攻む。成王熊膰を食ひて死せんことを請ふ、許さず、遂に自殺す。韓廆韓の哀侯に相たり、厳遂君に重し、二人甚だ相害す。厳遂乃ち人をして韓廆を朝に刺さしむ、韓廆走りて君を抱く、遂に韓廆を刺して哀侯を兼ぬ。田恒斉に相たり、闞止簡公に重し、二人相憎みて相賊せんと欲す。田恒因りて私恵を行ひて以て其の国を取り、遂に簡公を殺して之が政を奪ふ。戴驩宋の太宰と為り、皇喜君に重し、二人事を争ひて相害す、皇喜遂に宋君を殺して其の政を奪ふ。狐突曰く、「国君内を好めば則ち太子危く、外を好めば則ち相室危し。」鄭君鄭昭に問ひて曰く、「太子亦何如。」対へて曰く、「太子未だ生れざるなり。」君曰く、「太子已に置きて未だ生れずと曰ふは、何ぞや。」対へて曰く、「太子置かると雖も、然れども君の色を好むこと已まず、愛する所子有らば、君必ず之を愛せん、之を愛すれば則ち必ず以て後と為さんと欲せん、臣故に太子未だ生れずと曰ふなり。」六。文王費仲に資して紂の旁に遊ばしめ、之をして紂を諫めて其の心を乱さしむ。荊王人をして秦に之かしむ、秦王甚だ之を礼す。王曰く、「敵国に賢者有るは、国の憂ひなり。今荊王の使者甚だ賢なり、寡人之を患ふ。」群臣諫めて曰く、「王の賢聖と国の資厚きとを以てすれば、荊王の賢人を願ふ、王何ぞ深く之に知られて陰かに之を有せざる。荊以て外用と為さば、則ち必ず之を誅せん。」仲尼魯に政を為し、道に遺ちたるを拾はず、斉の景公之を患ふ。黎且景公に謂ひて曰く、「仲尼を去ること猶ほ毛を吹くがごときのみ。君何ぞ之を迎ふるに重禄高位を以てし、哀公に女楽を遺りて以て其の意を驕栄せしめざる。哀公新たに之を楽しまば、必ず政を怠らん、仲尼必ず諫めん、諫むれば必ず軽く魯に絶たん。」景公曰く、「善し。」
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『韓非子』內儲說下六微第三十一左右に私かに善からざる者有り、乃ち之が為に王に請ひて曰く、「公子甚だ貧しく、馬甚だ痩す、王何ぞ之に馬食を益さざる。」王許さず。左右因りて微かに夜芻廐を焼かしむ。王以て賤公子と為すや、乃ち之を誅す。魏に老儒有りて済陽君に善からず。客に老儒と私怨有る者有り、因りて老儒を攻めて之を殺し、以て済陽君に徳として曰く、「臣其の君に善からざるが為なり、故に君の為に之を殺せり。」済陽君因りて察せずして之を賞す。一に曰く、済陽君に少庶子有り、知られずして君に愛を入れんと欲する者有り。斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、済陽の少庶子以て功と為さんと欲し、入りて君に見えて曰く、「斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、名は薬を掘るなるも、実は君の国を間するなり。君之を殺さずんば、是れ将に済陽君を以て罪を斉に抵さんとす。臣請ふ之を刺さん。」君曰く、「可なり。」是に於て明日之を城陰に得て之を刺す、済陽君還りて益ます之を親しむ。四。陳需は、魏王の臣なり、荊王に善し、而して荊をして魏を攻めしむ。荊魏を攻む、陳需因りて魏王の為に行きて之を解かんことを請ひ、因りて荊の勢を以て魏に相たり。韓の昭侯の時、黍種嘗て貴きこと甚し。昭侯人をして廩を覆さしむ、吏果して黍種を竊みて之を糶ること甚だ多し。昭奚恤の荊に用ひらるるや、倉廥窌を焼く者有りて其の人を知らず。昭奚恤吏をして茅を販ぐ者を執へて之を問はしむ、果して焼けり。昭僖侯の時、宰人食を上るに羹中に生肝有り、昭侯宰人の次を召して之を誚めて曰く、「若何為れぞ生肝を寡人の羹中に置く。」宰人頓首して死罪に服して曰く、「竊かに尚宰人を去らんと欲するなり。」一に曰く、僖侯浴す、湯中に礫有り。僖侯曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち当に代るべき者有るか。」左右対へて曰く、「有り。」僖侯曰く、「召して来れ。」之を譙めて曰く、「何為れぞ礫を湯中に置く。」対へて曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち臣之に代るを得ん、是を以て礫を湯中に置く。」
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『韓非子』內儲說下六微第三十一乃ち黎且をして女楽六を以て哀公に遺らしむ、哀公之を楽しみ、果して政を怠る。仲尼諫む、聴かず、去りて楚に之く。楚王干象に謂ひて曰く、「吾楚を以て甘茂を扶けて之を秦に相とせんと欲す、可ならんか。」干象対へて曰く、「不可なり。」王曰く、「何ぞや。」曰く、「甘茂少くして史挙先生に事ふ。史挙は、上蔡の監門なり、大は君に事へず、小は家に事へず、苛刻を以て天下に聞ゆ。茂之に事へて、順ふ。恵王の明、張儀の弁なるも、茂之に事へて、十官を取りて罪を免る、是れ茂賢なり。」王曰く、「人を敵国に相として相賢なるは、其の不可なるは何ぞや。」干象曰く、「前時王邵滑をして越に之かしむ、五年にして能く越を亡ぼす。然る所以の者は、越乱れて楚治まればなり。日者之を越に用ふるを知り、今之を秦に亡る、亦太だ亟やかに亡るにあらずや。」王曰く、「然らば則ち之を為すこと奈何。」干象対へて曰く、「共立を相とするに如かず。」王曰く、「共立相とすべきは、何ぞや。」対へて曰く、「共立少くして愛幸せられ、長じて貴卿と為る、王の衣を被り、杜若を含み、玉環を握り、以て朝に聴く、且つ利にして以て秦を乱さん。」呉荊を攻む、子胥人をして荊に宣言せしめて曰く、「子期用ひられなば、将に之を撃たんとす。子常用ひられなば、将に之を去らんとす。」荊人之を聞き、因りて子常を用ひて子期を退くるなり。呉人之を撃ち、遂に之に勝つ。晋の献公虞・虢を伐たんとし、乃ち之に屈産の乗、垂棘の璧、女楽六を遺り、以て其の意を栄にして其の政を乱す。叔向の萇弘を讒するや、書を為りて曰く、「萇弘叔向に謂ひて曰く、子我が為に晋君に謂へ、君と期する所の者は、時可なり、何ぞ亟やかに兵を以て来らざる、と。」因りて佯りて其の書を周君の庭に遺して急ぎ去り行く。周萇弘を以て周を売ると為し、乃ち萇弘を誅して之を殺す。