韓非子 / 內儲說下六微第三十一
久語懷刷,小資也,猶以成富,況於吏勢乎?晉厲公之時,六卿貴。胥僮、長魚矯諫曰:「大臣貴重,敵主争事,外市樹黨,下亂國法,上以劫主,而國不危者,未嘗有也。」公曰:「善。」乃誅三卿。胥僮、長魚矯又諫曰:「夫同罪之人偏誅而不盡,是懷怨而借之間也。」公曰:「吾一朝而夷三卿,予不忍盡也。」長魚矯對曰:「公不忍之,彼將忍公。」公不聽。居三月,諸卿作難,遂殺厲公而分其地。州侯相荆,貴而主斷。荆王疑之,因問左右,左右對曰無有,如出一口也。燕人無惑,故浴狗矢。燕人,其妻有私通於士,其夫早自外而來,士適出。夫曰:「何客也?」其妻曰:「無客。」問左右,左右言無有,如出一口。其妻曰:「公惑易也。」因浴之以狗矢。一曰:燕人李季好遠出,其妻私有通於士,季突至,士在内中,妻患之。其室婦曰:「令公子裸而解髪,直出門,吾屬佯不見也。」於是公子從其計,疾走出門。季曰:「是何人也?」家室皆曰:「無有。」季曰:「吾見鬼乎?」婦人曰:「然。」「爲之奈何?」曰:「取五牲之矢浴之。」季曰:「諾。」乃浴以矢。
新字:久語懐刷,小資也,猶以成富,況於吏勢乎?晋厲公之時,六卿貴。胥僮、長魚矯諫曰:「大臣貴重,敵主争事,外市樹党,下乱国法,上以劫主,而国不危者,未嘗有也。」公曰:「善。」乃誅三卿。胥僮、長魚矯又諫曰:「夫同罪之人偏誅而不尽,是懐怨而借之間也。」公曰:「吾一朝而夷三卿,予不忍尽也。」長魚矯対曰:「公不忍之,彼将忍公。」公不聴。居三月,諸卿作難,遂殺厲公而分其地。州侯相荆,貴而主断。荆王疑之,因問左右,左右対曰無有,如出一口也。燕人無惑,故浴狗矢。燕人,其妻有私通於士,其夫早自外而来,士適出。夫曰:「何客也?」其妻曰:「無客。」問左右,左右言無有,如出一口。其妻曰:「公惑易也。」因浴之以狗矢。一曰:燕人李季好遠出,其妻私有通於士,季突至,士在内中,妻患之。其室婦曰:「令公子裸而解髪,直出門,吾属佯不見也。」於是公子従其計,疾走出門。季曰:「是何人也?」家室皆曰:「無有。」季曰:「吾見鬼乎?」婦人曰:「然。」「為之奈何?」曰:「取五牲之矢浴之。」季曰:「諾。」乃浴以矢。
書き下し
久しく語りて懐刷す、小資なり、猶ほ以て富を成す、況んや吏勢に於てをや。晋の厲公の時、六卿貴し。胥僮・長魚矯諫めて曰く、「大臣貴重にして、主に敵して事を争ひ、外に市して党を樹て、下は国法を乱し、上は以て主を劫かす、而して国危からざる者は、未だ嘗て有らざるなり。」公曰く、「善し。」乃ち三卿を誅す。胥僮・長魚矯又諫めて曰く、「夫れ同罪の人偏く誅して尽くさざるは、是れ怨みを懐かしめて之に間を借すなり。」公曰く、「吾一朝にして三卿を夷す、予尽くすに忍びざるなり。」長魚矯対へて曰く、「公之を忍びざれば、彼将に公を忍ばんとす。」公聴かず。居ること三月、諸卿難を作し、遂に厲公を殺して其の地を分つ。州侯荊に相として、貴くして主断す。荊王之を疑ひ、因りて左右に問ふ、左右対へて無しと曰ふこと、一口より出づるが如し。燕人惑ふこと無し、故に狗矢に浴す。燕人、其の妻士に私通する有り、其の夫早く外より来り、士適ま出づ。夫曰く、「何の客ぞや。」其の妻曰く、「客無し。」左右に問ふに、左右無しと言ふこと、一口より出づるが如し。其の妻曰く、「公惑易せり。」因りて之に浴するに狗矢を以てす。一に曰く、燕人李季好んで遠く出づ、其の妻私かに士に通ずる有り、季突として至る、士内中に在り、妻之を患ふ。其の室婦曰く、「公子をして裸にして髪を解き、直ちに門を出でしめよ、吾が属佯りて見ざらん。」是に於て公子其の計に従ひ、疾く走りて門を出づ。季曰く、「是れ何人ぞや。」家室皆曰く、「無し。」季曰く、「吾鬼を見たるか。」婦人曰く、「然り。」「之を為すこと奈何。」曰く、「五牲の矢を取りて之に浴せよ。」季曰く、「諾。」乃ち浴するに矢を以てす。
現代語訳
君主と長く話し込んだという評判を元手に、側近が懐中の小物を売りつける。これはわずかな元手だが、それでも富を成すことができる。ましてや官吏の権勢を握ればなおさらである。晋の厲公の時代、六人の卿(大臣)が権勢を振るっていた。胥僮と長魚矯が諫めて言った。「大臣が尊く重くなり、君主と張り合って政務を争い、外国と取引して党派を作り、下は国法を乱し、上は君主を脅かす。それで国が危うくならなかった例はありません。」厲公は「もっともだ」と言い、三人の卿を誅殺した。胥僮と長魚矯はまた諫めて言った。「同じ罪の者を一部だけ誅して全員を処分しないのは、恨みを抱かせたうえに、つけ入る隙を与えることです。」厲公は言った。「私は一朝にして三卿を滅ぼした。残りまで尽くすのは忍びない。」長魚矯は答えた。「殿が彼らに忍びないとおっしゃるなら、彼らは殿を平気で殺すでしょう。」厲公は聞き入れなかった。三か月後、卿たちが反乱を起こし、ついに厲公を殺してその領地を分け合った。州侯は楚の宰相となり、身分が高く独断で政治を行っていた。楚王は彼を疑って側近に尋ねたが、側近はみな「そのようなことはありません」と、一つの口から出たように同じことを答えた。燕の男は(妻と家の者の言葉を信じて)自分の目を疑ったので、犬の糞を浴びせられた。燕のある男の妻が、ある男と密通していた。夫が早く外出先から帰ってくると、ちょうど間男が出ていくところだった。夫が「何の客か」と言うと、妻は「客などいません」と言った。家の者に尋ねても、みな「誰もいません」と一つの口から出たように答えた。妻は「あなたは気が迷っているのです」と言い、犬の糞を夫に浴びせた。別の伝えでは、こうである。燕の李季という男は遠出を好んだ。その妻はひそかにある男と通じていた。李季が突然帰ってきたとき、男は奥の部屋にいて、妻は困り果てた。侍女が言った。「あの方を裸にして髪をほどかせ、まっすぐ門から出ていかせなさい。私たちは見えないふりをしましょう。」そこで男はその計に従い、急いで走って門を出た。李季が「あれは誰だ」と言うと、家の者はみな「誰もいません」と言った。李季が「私は幽霊を見たのか」と言うと、女は「そうです」と言った。「どうすればよいのか」と聞くと、「五種の家畜の糞を取って浴びなさい」と言う。李季は「わかった」と言い、糞を浴びた。
解説
関連する章句
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呂氏春秋・驕恣②晉の厲公、侈淫にして、好んで讒人に聽く。盡く其の大臣を去りて、其の左右を立てんと欲す。胥童、厲公に謂いて曰く、「必づ先づ三郤を殺せ。族の大にして怨み多し,大族を去れば偪られず。」公曰く、「諾。」乃ち長魚矯をして郤犨・郤錡・郤至を朝に殺して、其の尸を陳ねしむ。是に於て厲公、匠麗氏に遊び、欒書・中行偃、劫して之を幽す。諸侯之を救うもの莫く、百姓之を哀れむもの莫し。三月にして之を殺せり。人主の患いは、患い能く人を害うことを知りて、人を害うことの當らざれば反って自らに及ぶことを知らざるに在り。是れ何ぞや。智短なればなり。智短なれば則ち化を知らず。化を知らざれば、舉自ら危うし。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一其の説は老聃の魚を失ふを言ふに在り。是を以て人主久しく語りて、左右懐刷を鬻ぐ。其の患は胥僮の厲公を諫むると、州侯の一言と、燕人の矢に浴するとに在り。権借一。君臣の利異なる、故に人臣忠なる莫し、故に臣の利立ちて主の利滅ぶ。是を以て姦臣は、敵兵を召きて以て内除し、外事を挙げて以て主を眩まし、苟も其の私利を成さば、国の患を顧みず。其の説は衛人の妻夫の禱祝に在り。故に戴歇子弟を議して、三桓昭公を攻む。公叔斉軍を内れて、翟黄韓兵を召く。太宰嚭大夫種に説き、大成牛申不害に教ふ。司馬喜趙王に告げ、呂倉秦・楚を規る。宋石衛君に書を遣り、白圭暴譴に教ふ。利異二。似類の事は、人主の誅を失ふ所以にして、大臣の私を成す所以なり。是を以て門人水を捐てて夷射誅せられ、済陽自ら矯めて二人罪せられ、司馬喜爰騫を殺して季辛誅せられ、鄭袖悪臭を言ひて新人劓られ、費無忌郄宛に教へて令尹誅し、陳需張寿を殺して犀首走る。故に芻廥を焼きて中山罪し、老儒を殺して済陽賞す。似類三。事起りて利する所有れば、其の尸之を主る。害する所有れば、必ず反して之を察す。是を以て明主の論や、国害あれば則ち其の利する者を省み、臣害あれば則ち其の反する者を察す。其の説は楚兵至りて陳需相たり、黍種貴くして廩吏覆さるるに在り。是を以て昭奚恤販茅を執へて、僖侯其の次を譙む。文公髪炙に繞りて、穣侯帝を立てんことを請ふ。有反四。参疑の勢は、乱の由りて生ずる所なり、故に明主之を慎む。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一左右に私かに善からざる者有り、乃ち之が為に王に請ひて曰く、「公子甚だ貧しく、馬甚だ痩す、王何ぞ之に馬食を益さざる。」王許さず。左右因りて微かに夜芻廐を焼かしむ。王以て賤公子と為すや、乃ち之を誅す。魏に老儒有りて済陽君に善からず。客に老儒と私怨有る者有り、因りて老儒を攻めて之を殺し、以て済陽君に徳として曰く、「臣其の君に善からざるが為なり、故に君の為に之を殺せり。」済陽君因りて察せずして之を賞す。一に曰く、済陽君に少庶子有り、知られずして君に愛を入れんと欲する者有り。斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、済陽の少庶子以て功と為さんと欲し、入りて君に見えて曰く、「斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、名は薬を掘るなるも、実は君の国を間するなり。君之を殺さずんば、是れ将に済陽君を以て罪を斉に抵さんとす。臣請ふ之を刺さん。」君曰く、「可なり。」是に於て明日之を城陰に得て之を刺す、済陽君還りて益ます之を親しむ。四。陳需は、魏王の臣なり、荊王に善し、而して荊をして魏を攻めしむ。荊魏を攻む、陳需因りて魏王の為に行きて之を解かんことを請ひ、因りて荊の勢を以て魏に相たり。韓の昭侯の時、黍種嘗て貴きこと甚し。昭侯人をして廩を覆さしむ、吏果して黍種を竊みて之を糶ること甚だ多し。昭奚恤の荊に用ひらるるや、倉廥窌を焼く者有りて其の人を知らず。昭奚恤吏をして茅を販ぐ者を執へて之を問はしむ、果して焼けり。昭僖侯の時、宰人食を上るに羹中に生肝有り、昭侯宰人の次を召して之を誚めて曰く、「若何為れぞ生肝を寡人の羹中に置く。」宰人頓首して死罪に服して曰く、「竊かに尚宰人を去らんと欲するなり。」一に曰く、僖侯浴す、湯中に礫有り。僖侯曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち当に代るべき者有るか。」左右対へて曰く、「有り。」僖侯曰く、「召して来れ。」之を譙めて曰く、「何為れぞ礫を湯中に置く。」対へて曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち臣之に代るを得ん、是を以て礫を湯中に置く。」
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『韓非子』姦劫弒臣第十四吾の少なしとして去る所なり。而して世主の多しとして求むる所なり。諺に曰く、「厲も王を憐れむ」と。此れ不恭の言なり。然りと雖も、古に虚諺無し、察せざるべからざるなり。此れ劫殺死亡の主を謂ひて言ふなり。人主法術以て其の臣を御すること無ければ、長年にして美材なりと雖も、大臣猶将に勢を得て事を擅にし主断して、各々其の私急を為さんとす。而して父兄豪傑の士の、人主の力を借りて、以て己を禁誅せんことを恐る。故に賢長を弑して幼弱を立て、正的を廃して不義を立つ。故に春秋に之を記して曰く、「楚の王子囲、将に鄭に聘せんとし、未だ境を出でずして、王の病を聞きて反る。因りて入りて病を問ひ、其の冠纓を以て王を絞めて之を殺し、遂に自立するなり。斉の崔杼、其の妻美にして、荘公之に通じ、数々崔氏の室に如く。公の往くに及び、崔子の徒賈挙、崔子の徒を率ゐて公を攻む。公室に入り、之と国を分かたんことを請ふ。崔子許さず。公廟に自刃せんことを請ふ。崔子又聴かず。公乃ち走りて、北墻を踰ゆ。賈挙公を射て、其の股に中つ。公墜つ。崔子の徒、戈を以て公を斫りて之を死せしめ、而して其の弟景公を立つ」と。近ごろの見る所、李兌の趙に用ゐらるるや、主父を餓ゑしむること百日にして死す。卓歯の斉に用ゐらるるや、湣王の筋を擢き、之を廟の梁に懸け、宿昔にして死す。故に厲は癕腫疕瘍なりと雖も、上は春秋に比するに、未だ頸を絞め股を射るに至らざるなり。下は近世に比するに、未だ餓死し筋を擢くに至らざるなり。故に劫殺死亡の君、此れ其の心の憂懼、形の苦痛や、必ず厲よりも甚だし。此れに由りて之を観れば、「厲も王を憐れむ」と雖も可なり。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一一に曰く、晋の平公客を觴す、少庶子炙を進むるに髪之に繞る、平公趣かに炮人を殺さしめ、令に反すること有る毋からしむ。炮人天を呼びて曰く、「嗟乎、臣に三罪有り、死して自ら知らざるか。」平公曰く、「何の謂ぞや。」対へて曰く、「臣が刀の利きこと、風靡して骨断つも髪断たず、是れ臣の一死なり。桑炭もて之を炙り、肉紅白にして髪焦げず、是れ臣の二死なり。炙熟して、又睫を重ねて之を視るに、髪炙に繞りて目見ず、是れ臣の三死なり。意ふに堂下に其れ臣を翳憎する者有るか。臣を殺すこと亦蚤からずや。」穣侯秦に相として斉強し。穣侯秦を立てて帝と為さんと欲して斉聴かず、因りて斉を立てて東帝と為さんことを請ふ、而して成すこと能はざるなり。五。晋の献公の時、驪姫貴く、后妻に擬し、而して其の子奚斉を以て太子申生に代へんと欲し、因りて申生を君に患へて之を殺し、遂に奚斉を立てて太子と為す。鄭君已に太子を立つ、而して愛する所の美女有り其の子を以て後と為さんと欲す、夫人恐れ、因りて毒薬を用ひて君を賊して之を殺す。衛の州吁衛に重く、君に擬し、群臣百姓尽く其の勢重を畏る。州吁果して其の君を殺して之が政を奪ふ。公子朝は、周の太子なり、弟公子根甚だ君に寵有り。君死す、遂に東周を以て叛き、分れて両国と為る。楚の成王商臣を以て太子と為し、既にして又公子職を置かんと欲す。商臣乱を作し、遂に成王を攻殺す。一に曰く、楚の成王商臣を以て太子と為し、既にして公子職を置かんと欲す。商臣之を聞き、未だ察せざるなり、乃ち其の傅潘崇に謂ひて曰く、「奈何ぞ之を察せん。」潘崇曰く、「江羋を饗して敬する勿かれ。」太子之を聴く。江羋曰く、「呼、役夫。宜なるかな君王の女を廃して職を立てんと欲するや。」商臣曰く、「信なり。」潘崇曰く、「能く之に事へんか。」曰く、「能はず。」「能く之が諸侯と為らんか。」曰く、「能はず。」
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『韓非子』內儲說下六微第三十一「能く大事を挙げんか。」曰く、「能くす。」是に於て乃ち宿営の甲を起して成王を攻む。成王熊膰を食ひて死せんことを請ふ、許さず、遂に自殺す。韓廆韓の哀侯に相たり、厳遂君に重し、二人甚だ相害す。厳遂乃ち人をして韓廆を朝に刺さしむ、韓廆走りて君を抱く、遂に韓廆を刺して哀侯を兼ぬ。田恒斉に相たり、闞止簡公に重し、二人相憎みて相賊せんと欲す。田恒因りて私恵を行ひて以て其の国を取り、遂に簡公を殺して之が政を奪ふ。戴驩宋の太宰と為り、皇喜君に重し、二人事を争ひて相害す、皇喜遂に宋君を殺して其の政を奪ふ。狐突曰く、「国君内を好めば則ち太子危く、外を好めば則ち相室危し。」鄭君鄭昭に問ひて曰く、「太子亦何如。」対へて曰く、「太子未だ生れざるなり。」君曰く、「太子已に置きて未だ生れずと曰ふは、何ぞや。」対へて曰く、「太子置かると雖も、然れども君の色を好むこと已まず、愛する所子有らば、君必ず之を愛せん、之を愛すれば則ち必ず以て後と為さんと欲せん、臣故に太子未だ生れずと曰ふなり。」六。文王費仲に資して紂の旁に遊ばしめ、之をして紂を諫めて其の心を乱さしむ。荊王人をして秦に之かしむ、秦王甚だ之を礼す。王曰く、「敵国に賢者有るは、国の憂ひなり。今荊王の使者甚だ賢なり、寡人之を患ふ。」群臣諫めて曰く、「王の賢聖と国の資厚きとを以てすれば、荊王の賢人を願ふ、王何ぞ深く之に知られて陰かに之を有せざる。荊以て外用と為さば、則ち必ず之を誅せん。」仲尼魯に政を為し、道に遺ちたるを拾はず、斉の景公之を患ふ。黎且景公に謂ひて曰く、「仲尼を去ること猶ほ毛を吹くがごときのみ。君何ぞ之を迎ふるに重禄高位を以てし、哀公に女楽を遺りて以て其の意を驕栄せしめざる。哀公新たに之を楽しまば、必ず政を怠らん、仲尼必ず諫めん、諫むれば必ず軽く魯に絶たん。」景公曰く、「善し。」