学問のすゝめ / 十一編・名分をもって偽君子を生ずるの論・その顔に笑みを含むときは商売の当たり
この風儀はひとり政府のみに限らず、商家にも、学塾にも、宮にも、寺にも行なわれざるところなし。今その一例を挙げて言わん。店中に旦那が一番の物知りにて、元帳を扱う者は旦那一人、したがって番頭あり、手代ありて、おのおのその職分を勤むれども、番頭・手代は商売全体の仕組みを知ることなく、ただ喧しき旦那の指図に任せて、給金も指図次第、仕事も指図次第、商売の損得は元帳を見て知るべからず、朝夕旦那の顔色を窺い、その顔に笑みを含むときは商売の当たり、眉の上に皺をよするときは商売の外れと推量するくらいのことにて、なんの心配もあることなし。
書き下し
この風儀はひとり政府のみに限らず、商家にも、学塾にも、宮にも、寺にも行なわれざるところなし。今その一例を挙げて言わん。店中に旦那が一番の物知りにて、元帳を扱う者は旦那一人、したがって番頭あり、手代ありて、おのおのその職分を勤むれども、番頭・手代は商売全体の仕組みを知ることなく、ただ喧しき旦那の指図に任せて、給金も指図次第、仕事も指図次第、商売の損得は元帳を見て知るべからず、朝夕旦那の顔色を窺い、その顔に笑みを含むときは商売の当たり、眉の上に皺をよするときは商売の外れと推量するくらいのことにて、なんの心配もあることなし。
現代語訳
この風習は政府だけに限らず、商家にも、学塾にも、神社にも、寺にも、行われないところはありません。今その一例を挙げて言いましょう。店の中で旦那が一番の物知りで、元帳を扱うのは旦那一人。それに従って番頭があり手代があってそれぞれの職分を務めますが、番頭も手代も商売全体の仕組みを知ることなく、ただうるさい旦那の指図に任せて、給金も指図次第、仕事も指図次第、商売の損得は元帳を見て知ることができず、朝夕旦那の顔色を窺い、その顔に笑みを含むときは商売が当たり、眉に皺を寄せるときは商売が外れたと推量するくらいのことで、何の心配もありません。
解説
名分の弊が商家に移されます。元帳を握るのは旦那一人で、番頭も手代も全体の仕組みを知らない。だから業績を数字ではなく旦那の顔色で推量する、という描写が可笑しく、また鋭い。情報が上に集まる組織で何が起きるかが一目で分かります。そして最後の一行が伏線です。何の心配もない、つまり当事者として気に病む理由がない状態が作られている、ということです。
この章句が説くこと
情報独占顔色当事者商家
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『墨子』尚同中故に古者、聖王は唯だ壹に尚同を以て正長と為す。是れ上下、請謁して通を為す。上に隠事遺利有れば、下、得て之を利し、下に蓄怨積害有れば、上、得て之を除く。是を以て數千萬里の外に善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、鄉里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を賞す。數千萬里の外に不善を為す者有れば、其の室人未だ徧く知らず、郷里未だ徧く聞かざるに、天子、得て之を罰す。是を以て天下の人を舉げて皆な恐懼振動惕慄して、敢えて淫暴を為さず、曰く、「天子の視聴や神なり」と。先王の言に曰く、「神に非ざるなり。夫れ唯だ能く人の耳目をして己が視聴を助けしめ、人の吻をして己が言談を助けしめ、人の心をして己が思慮を助けしめ、人の股肱をして己が動作を助けしむればなり」と。之を視聴するを助くる者衆ければ、則ち其の聞見する所の者は逺し。之を言談するを助くる者衆ければ、則ち其の徳音の撫循する所の者は博し。之を思慮するを助くる者衆ければ、則ち其の謀慮は速やかに得らる。之を動作するを助くる者衆ければ、則ち其の事を舉ぐること速やかに成る。
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