韓非子 / 內儲說下六微第三十一
故曰:「國之利器,不可以示人。」靖郭君相齊,與故人久語,則故人富;懷左右刷,則左右重。
新字:故曰:「国之利器,不可以示人。」靖郭君相斉,与故人久語,則故人富;懐左右刷,則左右重。
書き下し
靖郭君齊に相たり、故人と久しく語れば、則ち故人富み、左右に刷を懐れば、則ち左右重し。
現代語訳
靖郭君が斉の宰相だったとき、旧友と長く話をすればその旧友は(周りから忖度されて)裕福になり 、側近に(親しさの印として)手ぬぐいを与えれば、その側近は(権力があると見なされ)重んじられた。
解説
斉の宰相であった靖郭君は、古くからの友人と長々と話し込んだだけで、その友人は世間から実力者だと見なされて羽振りが良くなり、側近に手ぬぐいを一枚渡しただけで、その側近まで重んじられるようになりました。人の上に立つ者がほんの少しでも誰かと親しくしたり、ささやかな品を与えたりすると、周りはそこに特別な意味を読み取り、「あの人は上から目をかけられている」という噂が独り歩きします。これは家庭でも起こりうることで、例えば親が兄弟の一人にだけこっそり小遣いを多く渡せば、他の子どもたちはそれを目ざとく見つけ、家族の中に序列や妬みが生まれます。地域の集まりや職場でも同じで、まとめ役が誰か一人とばかり親しげに話していると、本人にそのつもりがなくても、周囲は「あの人はお気に入りだ」と受け止めてしまいます。人の上に立つ人は、自分のふるまいがどれほど小さくても、周りに与える影響を意識しておく必要があります。
この章句が説くこと
えこひいき公平性非公式な権力忖度権威
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