韓非子 / 內儲說上七術第三十
「二人言市有虎,王信之乎?」曰:「不信。」「三人言市有虎,王信之乎?」王曰:「寡人信之。」龐恭曰:「夫市之無虎也明矣,然而三人言而成虎。
書き下し
龐恭...魏王に謂いて曰く、「今一人市に虎有りと言わば、王之を信ぜんか。」曰く、「信ぜず。」...「三人市に虎有りと言わば、王之を信ぜんか。」王曰く、「寡人之を信ぜん。」龐恭曰く、「夫れ市の虎無きや明らかなり、然り而して三人言いて虎を成す。」
現代語訳
龐恭が魏王に『今、一人の者が市場に虎が出たと言ったら、王は信じますか』と言うと、王は『信じない』と言った。『三人の者が市場に虎が出たと言ったら信じますか』と言うと、王は『私は信じる』と言った。龐恭は『市場に虎がいないのは明らかですが、三人が言えば虎が存在することになってしまいます』と言った。
解説
「參觀(情報収集)」 の落とし穴。「三人虎を成す」の故事 。一つの情報源(一人)では信じなくても、複数の情報源(三人)が同じことを言うと、リーダーはそれが「事実」だと誤認してしまいます。特に、それが組織的な噂やネガティブ・キャンペーンであった場合、リーダーは(存在しない)虎を信じ込んでしまい、誤った判断を下す危険性があります。
この章句が説くこと
三人虎を成す情報バイアス噂ファクトチェックグループシンク
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