韓非子 / 說林下二十三
衛將軍文子見曾子,曾子不起而延於坐席,正身於奥。文子謂其御曰:「曾子,愚人也哉!以我爲君子也,君子安可毋敬也?以我爲暴人也,暴人安可侮也?曾子不僇,命也。」鳥有翢翢者,重首而屈尾,將欲飲於河,則必顛,乃銜其羽而飲之。人之所有飲不足者,不可不索其羽也。
新字:衛将軍文子見曽子,曽子不起而延於坐席,正身於奥。文子謂其御曰:「曽子,愚人也哉!以我為君子也,君子安可毋敬也?以我為暴人也,暴人安可侮也?曽子不僇,命也。」鳥有翢翢者,重首而屈尾,将欲飲於河,則必顛,乃銜其羽而飲之。人之所有飲不足者,不可不索其羽也。
書き下し
衛の将軍文子、曾子に見ゆ。曾子起たずして坐席に延き、身を奥に正す。文子、其の御に謂ひて曰く、「曾子は愚人なるかな。我を以て君子と為さば、君子安んぞ敬すること毋かるべけんや。我を以て暴人と為さば、暴人安んぞ侮るべけんや。曾子の僇せられざるは命なり」と。鳥に翢翢なる者有り、首重くして尾屈し、将に河に飲まんと欲すれば、則ち必ず顛る。乃ち其の羽を銜みて之を飲む。人の飲むこと足らざる所有る者は、其の羽を索めざるべからざるなり。
現代語訳
衛の将軍の文子が曾子に会いに行った。曾子は立ち上がりもせずに座席に招き入れ、自分は部屋の奥の上座に身を正して座っていた。文子は御者に言った。「曾子は愚か者だな。わたしを君子だと思うなら、君子をどうして敬わずにいられよう。わたしを乱暴者だと思うなら、乱暴者をどうして侮ってよかろう。曾子が殺されずにいるのは、運がよいだけだ」。翢翢という鳥がいて、頭が重く尾が曲がっているので、河の水を飲もうとすると必ず前にのめってしまう。そこで(仲間が)その羽をくわえてやって水を飲む。人も、(自分だけでは)飲むのに足りないところがある者は、その羽をくわえてくれる者を求めなければならない。
解説
二つの話です。前半の衛の将軍文子の言葉は、相手が君子なら敬うべきで、乱暴者なら侮れば危ない、どちらにしても礼を欠くのは愚かだという論理です。儒家の曾子を愚か者と呼ぶところに、儒者の尊大さへの韓非の皮肉が見えます。後半の翢翢は、頭が重く一羽では水が飲めないため、仲間に羽をくわえてもらって飲むという鳥で、人も自分の欠けたところを補ってくれる者を求めよと説きます。どちらも、相手や自分の弱点を冷静に見て身を守る知恵です。相手の立場がわからないときは礼を尽くしておく方が安全であること、自分一人で完結しない仕事には支え手を用意することは、今も変わりません。
関連する章句
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『韓非子』說林上二十二曾従子は善く剣を相する者なり。衛君、呉王を怨む。曾従子曰く、「呉王は剣を好む、臣は剣を相する者なり。臣請ふ呉王の為に剣を相し、抜きて之に示し、因りて君の為に之を刺さん」と。衛君曰く、「子の是を為すや、義に縁るに非ざるなり、利の為なり。呉は強くして富み、衛は弱くして貧し。子必ず往かば、吾恐らくは子、呉王の為に之を我に用ひん」と。乃ち之を逐ふ。紂、象箸を為りて箕子怖る。以為へらく、象箸は必ず羹を土鉶に盛らず、則ち必ず犀王の杯ならん。玉杯象箸は必ず菽藿を盛らず、則ち必ず旄象豹胎ならん。旄象豹胎は必ず短褐を衣て茅茨の下に舎らず、則ち必ず錦衣九重、高台広室ならん、と。
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『淮南子』齊俗訓今 箕子より比干を視れば、則ち愚なり。比干より箕子を視れば、則ち卑し。管・晏より伯夷を視れば、則ち戇なり。伯夷より管・晏を視れば、則ち貪なり。趨舍 相い非とし、嗜欲 相い反して、各々其の務めを樂しむ。將に誰をして之を正さしめんとするか。曾子曰く、「舟を水中に擊てば、鳥 之を聞きて高く翔り、魚 之を聞きて淵に藏る」と。故に趨く所 各々異なるも、皆な便とする所を得。故に惠子 車百乘を從えて以て孟諸を過ぐ。莊子 之を見て、其の餘魚を棄つ。鵜胡は水を飲むこと數斗にして足らず、鱔鮪は口に入ること露の若くにして死す。智伯は三晉を有ちて欲 澹らず、林類・榮啟期は衣 縣衰の若くにして意 慊らず。此に由りて之を觀れば、則ち趣行 各々異なる。何を以て相い非とせんや。
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説苑・敬慎曾子疾有り、曾元首を抱き、曾華足を抱く。曾子曰わく、「吾顔氏の才無し、何を以て汝に告げんや。能無しと雖も、君子は益を務む。夫れ華多くして実少なき者は、天なり。言多くして行少なき者は、人なり。夫れ飛鳥は山を以て卑しと為して、其の巓に層巣す。魚鱉は淵を以て浅しと為して、其の中に穴を穿つ。然れども得らるる所以の者は餌なり。君子苟くも能く利を以て身を害すること無くんば、則ち辱何より至らんや。官は宦成に怠り、病は少愈に加わり、禍は懈惰に生じ、孝は妻子に衰う。此の四者を察し、終わりを慎むこと始めの如くせよ。詩に曰わく、『初め有らざる靡く、克く終わる有ること鮮し』」と。
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『韓非子』說林下二十三恵子曰く、「羿、決を執り扞を持し、弓を操り機を関けば、越人も争ひて為に的を持つ。弱子弓を扜けば、慈母も室に入りて戸を閉づ」と。故に曰く、「必とすべくんば、則ち越人も羿を疑はず。必とすべからずんば、則ち慈母も弱子を逃る」と。桓公、管仲に問ふ、「富に涯有るか」と。答へて曰く、「水の涯を以てするは、其の水無き者なり。富の涯を以てするは、其の富已に足る者なり。人自ら足るに止まること能はずして、其の富の涯を亡ふか」と。宋の富賈に監止子なる者有り、人と百金の璞玉を争ひ買ふ。因りて佯りて失ひて之を毀ち、其の百金を負ひて、其の毀瑕を理め、千溢を得たり。事には之を挙げて敗有るも、其の之を挙ぐること毋きに賢る者有り、之を負ふの時なり。御を以て荊王に見えんと欲する者有り、衆騶之を妬む。因りて曰く、「臣能く鹿を撽つ」と。王に見ゆ。王、御を為して鹿に及ばず、自ら御して之に及ぶ。王其の御を善しとし、乃ち衆騶の之を妬むを言ふ。荊、公子をして将として陳を伐たしむ。丈人之を送りて曰く、「晋は彊し、慎まざるべからざるなり」と。公子曰く、「丈人奚ぞ憂へん。吾丈人の為に晋を破らん」と。丈人曰く、「可なり。吾方に陳の南門の外に廬せん」と。公子曰く、「是れ何ぞや」と。曰く、「我は勾践を笑ふなり。人の為すこと是の如く其れ易きに、己独り何為れぞ密密として十年難めるや」と。堯、天下を以て許由に譲る。許由之を逃れ、家人に舎る。家人其の皮冠を蔵す。夫れ天下を棄つるに、家人其の皮冠を蔵するは、是れ許由を知らざる者なり。三虱相与に訟ふ。一虱之に過りて曰く、「訟ふる者奚をか説く」と。三虱曰く、「肥饒の地を争ふ」と。一虱曰く、「若も亦臘の至りて茅の燥くを患へざるのみ。若又奚ぞ是を患へん」と。乃ち相与に聚まりて其の母を嘬ひて之を食ふ。彘臞せて、人乃ち殺さず。虫に螝なる者有り、一身両口、食を争ひて相齕む。遂に相殺し、因りて自ら殺す。人臣の事を争ひて其の国を亡ぼす者は、皆螝の類なり。
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論語・泰伯篇曾子疾有り。孟敬子之を問う。曾子言いて曰く、「鳥の将に死なんとするや、其の鳴くや哀し。人の将に死なんとするや、其の言うや善し。君子の道に貴ぶ所の者三つ。容貌を動かしては、斯に暴慢に遠ざかる。顔色を正しては、斯に信に近づく。辞気を出だしては、斯に鄙倍に遠ざかる。籩豆の事は、則ち有司存せり。」
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『韓非子』說林下二十三已にして文侯の以て己を構するを知り、乃ち皆魏に朝す。斉、魯を伐ち、讒鼎を索む。魯其の鴈を以て往く。斉人曰く、「鴈なり」と。魯人曰く、「真なり」と。斉曰く、「楽正子春をして来らしめよ、吾将に子に聴かんとす」と。魯君、楽正子春に請ふ。楽正子春曰く、「胡ぞ其の真を以て往かざるや」と。君曰く、「我之を愛す」と。答へて曰く、「臣も亦臣の信を愛す」と。韓咎立ちて君と為るも、未だ定まらざるなり。弟周に在り、周之を重んぜんと欲して、韓咎の立たざるを恐るるなり。綦毋恢曰く、「車百乗を以て之を送るに若かず。立つを得ば、因りて戒めと為すと曰ひ、立たずんば、則ち来りて賊を效すと曰はん」と。靖郭君将に薛に城かんとす。客多く以て諫むる者あり。靖郭君、謁者に謂ひて曰く、「客の為に通ずる毋かれ」と。斉人に見えんことを請ふ者有りて曰く、「臣請ふ三言のみ。三言を過ぎば、臣請ふ烹られん」と。靖郭君因りて之に見ゆ。客趨り進みて曰く、「海大魚」と。因りて反り走る。靖郭君曰く、「請ふ其の説を聞かん」と。客曰く、「臣敢へて死を以て戯れを為さず」と。靖郭君曰く、「願はくは寡人の為に之を言へ」と。答へて曰く、「君、大魚を聞くか。網も止むること能はず、繳も絓くること能はざるなり。