韓非子 / 說難第十二
故有愛於主,則智當而加親;有憎於主,則智不當見罪而加䟽。故諫說談論之士,不可不察愛憎之主而後說焉。夫龍之爲虫也,柔可狎而騎也;
新字:故有愛於主,則智当而加親;有憎於主,則智不当見罪而加䟽。故諫説談論之士,不可不察愛憎之主而後説焉。夫竜之為虫也,柔可狎而騎也;
書き下し
故に主に愛有れば、則ち智当たりて親しみを加へ、主に憎しみ有れば、則ち智当たらずして罪せられて疎んぜらるることを加ふ。故に諫説談論の士は、愛憎の主を察して而る後に説かざるべからず。夫れ竜の虫たるや、柔にして狎れて騎るべきなり。
現代語訳
だから君主に愛されていれば、知恵は的を射たものとされていっそう親しまれ、君主に憎まれていれば、知恵は的外れとされて罪を問われ、いっそう遠ざけられる。だから諫言したり議論したりする者は、君主の愛憎を察したうえで説かなければならない。そもそも竜という生き物は、おとなしくて、手なずければ背に乗ることもできる。
解説
弥子瑕の話から導かれる結論と、「逆鱗」の比喩の書き出しを含む一節です。愛されていれば同じ知恵も的を射たものとされ、憎まれていれば罪とされる。だから進言する者は、まず君主の愛憎を見極めてから説けと韓非は言います。この後、竜は手なずければ乗れるが、喉の下に一枚だけ逆さに生えた鱗があり、それに触れれば人を殺すと続きます。これが「逆鱗に触れる」の語源です。上司やクライアントにも、決して触れてはならない一点があります。進言の前に、相手の感情の状態と、その急所を見極めることの大切さを説いています。
関連する章句
-
『韓非子』說難第十二人主にも亦た逆鱗有り。說者能く人主の逆鱗に嬰るること無ければ、則ち幾からん。
-
史記 老子韓非列伝昔者、弥子瑕、衛君に愛せらる。衛国の法、窃かに君の車に駕する者は罪刖に至る。既にして弥子の母病む。人聞きて、往きて夜之に告ぐ。弥子、矯りて君の車に駕して出づ。君之を聞きて之を賢として曰く、「孝なるかな、母の為の故にして刖罪を犯せり」と。君と果園に游び、弥子、桃を食らひて甘しとし、尽くさずして君に奉ず。君曰く、「我を愛するかな、其の口を忘れて我を念ふ」と。弥子、色衰へて愛弛み、罪を君に得。君曰く、「是れ嘗て矯りて吾が車に駕し、又嘗て我に食らはすに其の余桃を以てせり」と。故に弥子の行ひ、未だ初めに変はらざるに、前に賢とせられて後に罪を獲るは、愛憎の至変なればなり。故に主に愛せらるる有らば、則ち知当りて親しみを加ふ。主に憎まるれば、則ち罪当りて疏を加ふ。故に諫説の士は愛憎の主を察して後に之に説かざる可からず。夫れ龍の蟲為るや、擾狎して騎る可きなり。然れども其の喉の下に逆鱗の径尺なる有り、人之に嬰るる有らば、則ち必ず人を殺す。人主も亦た逆鱗有り、之に説く者能く人主の逆鱗に嬰るること無くば、則ち幾からん。
-
『韓非子』說難第十二之に説くに厚利を以てすれば、則ち陰かに其の言を用ゐて顕かに其の身を棄つ。此れ察せざるべからざるなり。夫れ事は密を以て成り、語は泄るるを以て敗る。未だ必ずしも其の身之を泄らさざるも、而も語の匿す所の事に及ぶ。此くの如き者は身危し。彼顕かに出だす所の事有りて、乃ち以て他の故を成さんとす。説く者徒に出だす所を知るのみならず、又其の為す所以を知る。此くの如き者は身危し。異事を規りて当たり、知者之を外に揣りて之を得、事外に泄るれば、必ず以て己と為す。此くの如き者は身危し。周沢未だ渥からずして、語極めて知る。説行はれて功有れば、則ち徳忘れらる。説行はれずして敗有れば、則ち疑はる。此くの如き者は身危し。貴人に過端有りて、説く者明らかに礼義を言ひて以て其の悪を挑む。此くの如き者は身危し。貴人或いは計を得て自ら以て功と為さんと欲し、説く者与り知る。此くの如き者は身危し。彊ふるに其の為すこと能はざる所を以てし、止むるに其の已むこと能はざる所を以てす。此くの如き者は身危し。
-
史記 老子韓非列伝夫れ事は密なるを以て成り、語は泄るるを以て敗る。未だ必ずしも其の身之を泄らさざるに、語其の匿す所の事に及べば、是くの如き者は身危し。貴人に過端有るに、説者、明らかに言ひ善く議して以て其の悪を推む者は、則ち身危し。周澤未だ渥からざるに語極めて知なれば、説行はれて功有れば則ち徳亡く、説行はれずして敗有れば則ち疑はる、是くの如き者は身危し。夫れ貴人、計を得て自ら以て功と為さんと欲するに、説者焉を与り知れば、則ち身危し。彼顕らかに出だす所の事有りて乃ち自ら故と以為ふに、説者焉を与り知れば、則ち身危し。之に彊ふるに其の必ず為さざる所を以てし、之を止むるに其の已む能はざる所を以てする者は、身危し。故に曰く、之と大人を論ずれば則ち己を間すと以為はれ、之と細人を論ずれば則ち権を粥ぐと以為はる。其の愛する所を論ずれば則ち資を借ると以為はれ、其の憎む所を論ずれば則ち己を嘗みると以為はる。其の辞を径省すれば則ち知らずとして之を屈し、汎濫博文なれば則ち多しとして之を久しとす。事に順ひ意を陳ぶれば則ち怯懦にして尽くさずと曰ひ、事を慮ること広肆なれば則ち草野にして倨侮なりと曰ふ。此れ説の難きこと、知らざる可からざるなり。
-
『長短経』釣情又た曰く「之と大人を論ずれば、則ち以て己を間すと為し、之と細人を論ずれば、則ち以て権を粥ぐと為す。其の愛する所を論ずれば、則ち以て資を借ると為し、其の憎む所を論ずれば、則ち以て己を嘗むと為す。事に順いて意を陳ぶれば、則ち怯懦にして尽くさずと曰い、事を慮ること広肆なれば、則ち草野にして倨侮すと曰う。此れ知らざるべからざるなり。彼自ら其の計を知らば、則ち其の失を以て之を窮むること無かれ。自ら其の断に勇ならば、則ち其の敵を以て之を怒らすこと無かれ」と。〔凡そ説くは須らく日を曠しくし久しきを弥り、周沢既に渥く、深く計りて疑われず、交々争いて罪せられず、乃ち明らかに利害を計りて、以て其の功を致し、直ちに是非を指して、以て其の身を飾るべし。此を以て相持す。此れ説の成るなり。〕
-
『韓非子』說難第十二内に相存するの言を欲すれば、則ち必ず美名を以て之を明らかにして、微かに其の私利に合ふことを見す。危害の事を陳べんと欲すれば、則ち其の毀誹を顕らかにして、微かに其の私患に合ふことを見す。異人の行ひを同じくする者を誉め、異事の計を同じくする者を規る。与に汙を同じくする者有れば、則ち必ず大いに其の傷つくこと無きを以て之を飾る。与に敗を同じくする者有れば、則ち必ず明らかに其の失無きを以て之を飾る。彼自ら其の力を多とすれば、則ち其の難を以て之を概ること毋かれ。自ら其の断を勇とすれば、則ち其の謫を以て之を怒らすこと無かれ。自ら其の計を智とすれば、則ち其の敗を以て之を窮むること毋かれ。大意払悟する所無く、辞言繋縻する所無くして、然る後に極めて智辯を騁す。此の道の得る所は、親近せられて疑はれずして辞を尽くすことを得るなり。伊尹は宰と為り、百里奚は虜と為る。皆其の上に干むる所以なり。此の二人の者は、皆聖人なり。然れども猶身を役して以て進むこと無き能はず。此くの如く其れ汙れたり。今吾が言を以て宰虜と為して、聴用せられて世を振ふべくんば、此れ能仕の恥づる所に非ざるなり。夫れ日を曠しくし久しきを離て、周沢既に渥く、深く計りて疑はれず、引きて争ひて罪せられざれば、則ち明らかに利害を割きて以て其の功を致し、直ちに是非を指して以て其の身を飾る。此れを以て相持す。此れ説の成るなり。昔者、鄭の武公胡を伐たんと欲す。故に先づ其の女を以て胡君に妻はせて以て其の意を娯しましむ。因りて群臣に問ふ、「吾兵を用ゐんと欲す、誰か伐つべき者ぞ」と。大夫関其思対へて曰く、「胡伐つべし」と。武公怒りて之を戮して曰く、「胡は兄弟の国なり。子之を伐てと言ふは、何ぞや」と。胡君之を聞き、鄭を以て己に親しむと為し、遂に鄭に備へず。鄭人胡を襲ひて、之を取る。宋に富人有り、天雨ふりて墻壊る。其の子曰く、「築かずんば、必ず将に盗有らんとす」と。