韓非子 / 說難第十二
故彌子之行未變於初也,而以前之所以見賢而後獲罪者,愛憎之變也。
新字:故弥子之行未変於初也,而以前之所以見賢而後獲罪者,愛憎之変也。
書き下し
故に彌子の行は未だ初めに變ぜざるに、...前の賢とせらるる所以を以てして、而して後に罪を獲る者は、愛憎の變ずればなり。
現代語訳
彌子瑕の行動は昔も今も変わらないのに、以前は賢いと褒められた同じ行動が、後になって罰せられる理由となったのは、君主の「愛憎(好き嫌い)」が変化したからだ。
解説
彌子瑕という人の振る舞いは、昔も後も何も変わっていないのに、以前は「親孝行だ」「自分を大事に思ってくれている証拠だ」と褒められた同じ行いが、後になって罪に問われる理由になってしまったのは、ひとえに君主の「好き嫌い」が変わったからだ、という話です。母が病だと聞いて君主の車を無断で使った話も、食べかけの桃を差し出した話も、愛されている間は美談として喜ばれましたが、愛が冷めた途端、すべて「不届き者」の証拠として持ち出されました。人の評価というものは、していることの中身よりも、評価する側の気持ち一つでいくらでも変わってしまうということです。これは会社の中の評判だけでなく、家庭や友人関係でも起こることで、好かれている間の振る舞いに安心しきってはいけないという戒めでもあります。
この章句が説くこと
寵愛と憎悪信頼残高コンプライアンス評価の変動アンコンシャスバイアス
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