韓非子 / 孤憤第十一
萬乘之患,大臣太重;千乘之患,左右太信:此人主之所公患也。且人臣有大罪,人主有大失,臣主之利相與異者也。
新字:万乗之患,大臣太重;千乗之患,左右太信:此人主之所公患也。且人臣有大罪,人主有大失,臣主之利相与異者也。
書き下し
万乗の患ひは、大臣太だ重きなり。千乗の患ひは、左右太だ信ぜらるるなり。此れ人主の公に患ふる所なり。且つ人臣に大罪有り、人主に大失有り。臣主の利、相与に異なる者なり。
現代語訳
万乗の大国の心配事は、大臣が重くなりすぎることである。千乗の中規模の国の心配事は、側近が信用されすぎることである。これは君主たちが共通して抱える悩みである。そのうえ、臣下には大罪があり、君主には大失策がある。臣下と君主の利益は、互いに食い違うものなのである。
解説
大国では大臣の権勢、中規模の国では側近への過信が危うい、と国の規模ごとに病の型を分けた一節です。そのうえで韓非は「臣主の利、相与に異なる」と、君主と臣下の利益はもともと一致しないと断言します。これは韓非思想の根本で、忠誠や情に頼らず、利害の食い違いを前提に法と術で統治すべきだという主張につながります。この後に続く部分で、臣下の「大罪」と君主の「大失」が具体的に説明されます。組織の規模によって警戒すべき相手が違うこと、そして経営者と社員の利害は放っておけば一致しないことを、冷静に認める視点を与えてくれます。
関連する章句
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