韓非子 / 十過第十
輔依車,車亦依輔,虞、虢之勢正是也。若假之道,則虢朝亡而虞夕從之矣。不可,願勿許。」虞公弗聽,遂假之道。荀息伐虢克之,還反處三年,興兵伐虞,又尅之。荀息牽馬操璧而報獻公,獻公說曰:「璧則猶是也。雖然,馬齒亦益長矣。」故虞公之兵殆而地削者,何也?
新字:輔依車,車亦依輔,虞、虢之勢正是也。若仮之道,則虢朝亡而虞夕従之矣。不可,願勿許。」虞公弗聴,遂仮之道。荀息伐虢克之,還反処三年,興兵伐虞,又尅之。荀息牽馬操璧而報献公,献公説曰:「璧則猶是也。雖然,馬歯亦益長矣。」故虞公之兵殆而地削者,何也?
書き下し
輔は車に依り、車も亦た輔に依る、虞・虢の勢正に是れなり。若し之に道を仮さば、則ち虢朝に亡びて虞夕に之に従はん。不可なり、願はくは許す勿かれ」と。虞公聴かず、遂に之に道を仮す。荀息虢を伐ちて之に克ち、還り反りて処ること三年、兵を興して虞を伐ち、又之に克つ。荀息馬を牽き璧を操りて献公に報ず、献公説びて曰く、「璧は則ち猶ほ是くのごときなり。然りと雖も、馬歯も亦た益々長ぜり」と。故に虞公の兵殆ふくして地削らるる者は、何ぞや。
現代語訳
添え木は車に頼り、車もまた添え木に頼る。虞と虢の関係はまさにそれです。もし道を貸せば、虢が朝に滅びれば、虞も夕方にはその後を追うでしょう。なりません、どうか許さないでください」。虞公は聞き入れず、ついに道を貸した。荀息は虢を討って勝ち、帰ってから三年とどまった後、兵を起こして虞を討ち、これにも勝った。荀息は馬を引き璧を携えて献公に報告した。献公は喜んで「璧は元のままだ。とはいえ、馬の歯はずいぶん伸びた(年をとった)な」と言った。さて、虞公の兵が危うくなり領土が削られたのは、なぜか。
解説
仮道伐虢の故事の結末です。宮之奇は、虞と虢は車と添え木のように互いに支え合っているので、虢が滅べば虞もすぐに滅びると諫めましたが、虞公は宝物に目がくらんで道を貸し、三年後に晋に滅ぼされました。宝玉と名馬は結局晋に戻り、献公が「馬が年をとった」と冗談を言う場面は、虞公の愚かさを際立たせています。この故事は『春秋左氏伝』僖公二年と五年にも見えます。取引先や同業者が自社の防壁になっていることに気づかず、目先の条件に釣られて競合に協力してしまえば、次に狙われるのは自分です。自分を守っているものが何かを見極めることが欠かせません。
関連する章句
-
呂氏春秋・權勳③昔者、晉の獻公、荀息をして道を虞に假らしめ、以て虢を伐たんとす。荀息曰く、「請う、垂棘の璧と屈産の乘とを以て、以て虞公に賂い、而して道を假ることを求めん。必ず得可からん。」獻公曰く、「夫れ垂棘の璧は、吾先君の寶なり。屈産の乘は、寡人の駿なり。若し吾が幣を受けて吾に道を假さずんば、將に奈何せんとする。」荀息曰く、「然らず。彼若し吾に道を假さずんば、必ず吾に受けざらん。若し我に受けて我に道を假さば、是れ猶ほ之を內府に取りて之を外府に藏むるがごとく、猶ほ之を內皁に取りて之を外皁に著ぐがごときなり。君奚ぞ患えん。」獻公、之を許す。乃ち荀息をして屈産の乘を以て庭實と為し、而も加うるに垂棘の璧を以てし、以て道を虞に假りて虢を伐たしめんとす。虞公、寶と馬とを濫りて之を許さんと欲す。宮之奇諫めて曰く、「許す可からざるなり。虞と虢とは、車の輔有るが若きなり。車は輔に依り、輔も亦た車に依る。虞と虢の勢は是れなり。先人に言える有り、曰く、『脣竭くれば齒寒し。』夫れ虢の亡びざるは、虞を恃めばなり、虞の亡びざるも、亦た虢を恃めばなり。若し之に道を假さば、則ち虢朝に亡びて虞夕べに之に從わん。奈何ぞ其れ之に道を假さんや。」虞公、聽かずして、之に道を假す。荀息、虢を伐ち、之に克つ。還反りて虞を伐ち、又之に克つ。荀息、璧を操り馬を牽きて報ず。獻公喜びて曰く、「璧は則ち猶ほ是れなり、馬の齒も亦た薄長じたり。」故に曰く、小利は、大利の殘なり、と。
-
『新序』善謀第九虞・虢は、皆な小國なり。虞に夏陽の阻塞有り。虞・虢共に之を守る。晉禽らうる能わざるなり。故に晉の獻公虞・虢を伐たんと欲す。荀息曰く、君胡ぞ屈産の乘と、垂棘の璧とを以て、道を虞に假らざる、と。公曰く、此れ晉國の寶なり。彼吾が璧を受けて、吾に道を借さずんば、則ち之を如何せん、と。荀息曰く、此れ小の大國に事うる所以なり。彼吾に道を借さずんば、必ず敢えて吾が幣を受けざらん。吾が幣を受けて吾に道を借さば、則ち是れ我之を中府に取りて、之を外府に置き、之を中廐に取りて之を外廐に置くなり、と。公曰く、宮之奇焉に存す。必ず受けしめざらん、と。荀息曰く、宮之奇の知は固より知なり。然りと雖も、其の人と爲りや、通心にして懦なり。又た少くして君に長ず。通心なれば則ち其の言や略なり。懦なれば則ち强く諫むる能わず。少くして君に長ずれば、則ち君之を輕んず。且つ夫れ玩好は耳目の前に在り、而して患いは一國の後に在り。中知以上にして、乃ち能く之を慮る。臣虞君を料るに中知の下なり、と。公遂に道を借りて虢を伐つ。
-
『新序』善謀第九宮之奇諫めて曰く、晉の使者、其の幣重く、其の辭卑し。必ず虞に便ならず。語に曰く、脣亡ぶれば則ち齒寒し、と。故に虞・虢の相い救うは、相い賜を爲すに非ざるなり。今日虢を亡ぼさば、明日虞を亡ぼさん、と。公聽かず、遂に其の幣を受けて之に道を借す。旋りて歸る。四年、反りて虞を取る。荀息馬を牽き璧を抱きて前みて曰く、臣の謀如何、と。獻公曰く、璧は則ち猶お是のごとし。而れども吾が馬の齒は加ミ長ぜり、と。晉の獻公荀息の謀を用いて虞を禽らう。虞は宮之奇の謀を用いずして亡ぶ。故に荀息は覇王の佐に非ず、戰國并兼の臣なり。宮之奇の若きは則ち忠臣の謀と謂う可きなり。
-
『韓非子』十過第十二に曰く小利を顧みれば、則ち大利の残なり。三に曰く行ひ僻にして自ら用ゐ、諸侯に礼無ければ、則ち身を亡ぼすの至りなり。
-
『淮南子』人間訓何をか之に與えて反って之を取ると謂う。晉の獻公 道を虞に假りて以て虢を伐たんと欲し、虞に垂棘の璧と屈產の乘とを遺る。虞公 璧と馬とに惑いて、之に道を與えんと欲す。宮之奇 諫めて曰く「不可なり。夫れ虞の虢に與けるは、車の輪有るが若し。輪は車に依り、車も亦た輪に依る。虞の虢に與けるは、相い恃みて勢たるなり。若し之に道を假さば、虢 朝に亡びて虞 夕べに之に從わん」と。虞公 聽かず、遂に之に道を假す。荀息 虢を伐ちて、遂に之に克つ。還り反りて虞を伐ち、又た之を拔く。此れ所謂 之に與えて反って取る者なり。
-
戦国策・秦使趙攻魏秦趙をして魏を攻めしむ、魏趙王に謂いて曰く、「魏を攻むる者は、趙を亡ぼすの始めなり。昔者(むかし)、晋人虞を亡ぼさんと欲して虢(かく)を伐つ、虢を伐つ者は、虞を亡ぼすの始めなり。故に荀息馬と璧とを以て道を虞に仮(か)り、宮之奇諫めて聴かれず、卒(つい)に晋の道を仮る。晋人虢を伐ち、反りて虞を取る。故に春秋之を書し、以て虞公を罪す。今国趙より強きは莫く、而して齊・秦を并(あわ)せ、王賢にして声有る者之に相たり、腹心の疾(やまい)為る所以の者は、趙なり。魏は、趙の虢なり。趙は、魏の虞なり。秦に聴きて魏を攻むる者は、虞の為なり。願わくは王の之を熟計せんことを」と。