韓非子 / 十過第十
奚謂小忠?昔者楚共王與晉厲公戰於鄢陵,楚師敗,而共王傷其目。酣戰之時,司馬子反渴而求飲,竪穀陽操觴酒而進之。子反曰:「嘻!退,酒也。」穀陽曰:「非酒也。」子反受而飲之。子反之爲人也,嗜酒,而甘之,弗能絶於口,而醉。戰既罷,共王欲復戰,令人召司馬子反,司馬子反辭以心疾。共王駕而自往,入其幄中,聞酒臭而還,曰:「今日之戰,不穀親傷。所恃者,司馬也,而司馬又醉如此,是亡楚國之社稷而不恤吾衆也。不穀無復戰矣。」於是還師而去,斬司馬子反以爲大戮。故竪穀陽之進酒,不以讎子反也,其心忠愛之而適足以殺之。故曰:行小忠,則大忠之賊也。奚謂顧小利?昔者晉獻公欲假道於虞以伐虢。荀息曰:「君其以垂棘之璧與屈産之乘,賂虞公,求假道焉,必假我道。」君曰:「垂棘之璧,吾先君之寶也;屈産之乘,寡人之駿馬也。若受吾幣不假之道,將柰何?」荀息曰:「彼不假我道,必不敢受我幣。若受我幣而假我道,則是寶猶取之内府而藏之外府也,馬猶取之内廐而著之外廐也。君勿憂。」君曰:「諾。」乃使荀息以垂棘之璧與屈産之乘賂虞公而求假道焉。虞公貪利其璧與馬而欲許之。宫之奇諫曰:「不可許。夫虞之有虢也,如車之有輔。
新字:奚謂小忠?昔者楚共王与晋厲公戦於鄢陵,楚師敗,而共王傷其目。酣戦之時,司馬子反渇而求飲,竪穀陽操觴酒而進之。子反曰:「嘻!退,酒也。」穀陽曰:「非酒也。」子反受而飲之。子反之為人也,嗜酒,而甘之,弗能絶於口,而酔。戦既罷,共王欲復戦,令人召司馬子反,司馬子反辞以心疾。共王駕而自往,入其幄中,聞酒臭而還,曰:「今日之戦,不穀親傷。所恃者,司馬也,而司馬又酔如此,是亡楚国之社稷而不恤吾衆也。不穀無復戦矣。」於是還師而去,斬司馬子反以為大戮。故竪穀陽之進酒,不以讎子反也,其心忠愛之而適足以殺之。故曰:行小忠,則大忠之賊也。奚謂顧小利?昔者晋献公欲仮道於虞以伐虢。荀息曰:「君其以垂棘之璧与屈産之乗,賂虞公,求仮道焉,必仮我道。」君曰:「垂棘之璧,吾先君之宝也;屈産之乗,寡人之駿馬也。若受吾幣不仮之道,将柰何?」荀息曰:「彼不仮我道,必不敢受我幣。若受我幣而仮我道,則是宝猶取之内府而蔵之外府也,馬猶取之内厩而著之外厩也。君勿憂。」君曰:「諾。」乃使荀息以垂棘之璧与屈産之乗賂虞公而求仮道焉。虞公貪利其璧与馬而欲許之。宮之奇諫曰:「不可許。夫虞之有虢也,如車之有輔。
書き下し
奚をか小忠と謂ふ。昔者楚の共王晋の厲公と鄢陵に戦ひ、楚の師敗れて、共王其の目を傷つく。酣戦の時、司馬子反渇して飲を求む、豎穀陽觴酒を操りて之に進む。子反曰く、「嘻、退け、酒なり」と。穀陽曰く、「酒に非ざるなり」と。子反受けて之を飲む。子反の人と為りや、酒を嗜みて之を甘しとし、口に絶つこと能はずして酔ふ。戦ひ既に罷み、共王復た戦はんと欲し、人をして司馬子反を召さしむ、司馬子反辞するに心疾を以てす。共王駕して自ら往き、其の幄中に入り、酒臭を聞きて還りて曰く、「今日の戦ひ、不穀親ら傷つく。恃む所の者は、司馬なり、而るに司馬又酔ふこと此くの如し、是れ楚国の社稷を亡ぼして吾が衆を恤へざるなり。不穀復た戦ふ無からん」と。是に於て師を還して去り、司馬子反を斬りて以て大戮と為す。故に豎穀陽の酒を進むるは、以て子反を讎とするにあらず、其の心之を忠愛して適に以て之を殺すに足る。故に曰く、小忠を行へば、則ち大忠の賊なり。奚をか小利を顧みると謂ふ。昔者晋の献公虞に道を仮りて以て虢を伐たんと欲す。荀息曰く、「君其れ垂棘の璧と屈産の乗とを以て、虞公に賂ひ、道を仮らんことを求めよ、必ず我に道を仮さん」と。君曰く、「垂棘の璧は、吾が先君の宝なり。屈産の乗は、寡人の駿馬なり。若し吾が幣を受けて之に道を仮さずんば、将に奈何せん」と。荀息曰く、「彼我に道を仮さずんば、必ず敢へて我が幣を受けず。若し我が幣を受けて我に道を仮さば、則ち是れ宝は猶ほ之を内府より取りて之を外府に蔵するがごとく、馬は猶ほ之を内廐より取りて之を外廐に著くがごときなり。君憂ふる勿かれ」と。君曰く、「諾」と。乃ち荀息をして垂棘の璧と屈産の乗とを以て虞公に賂ひて道を仮らんことを求めしむ。虞公其の璧と馬とを貪利して之を許さんと欲す。宮之奇諫めて曰く、「許すべからず。夫れ虞の虢有るや、車の輔有るが如し。
現代語訳
小さな忠義とは何か。昔、楚の共王が晋の厲公と鄢陵で戦い、楚軍は敗れ、共王は目を負傷した。戦いの最中、司馬(軍の長官)の子反はのどが渇いて飲み物を求めた。小姓の穀陽が杯に酒を満たして差し出した。子反は「ああ、下げよ、酒ではないか」と言った。穀陽は「酒ではありません」と言った。子反は受け取って飲んだ。子反は生来酒好きで、うまいと思うと口から離せず、酔ってしまった。戦いがいったん収まり、共王は再び戦おうとして人をやって子反を呼んだが、子反は胸の病だと言って断った。共王は車を駆って自ら出向き、子反の幕舎に入ると酒のにおいがしたので引き返し、「今日の戦いで私自身が傷を負った。頼みとするのは司馬である。その司馬がこんなに酔っている。これは楚の社稷を滅ぼし、わが兵を顧みないということだ。私はもう戦わない」と言った。そこで軍を引き揚げて去り、子反を斬って見せしめの刑とした。小姓の穀陽が酒を差し出したのは、子反を憎んだからではない。心から忠実に慕っていたのに、かえって子反を殺すことになったのである。だから言う、小さな忠義を行えば、大きな忠義を損なうのである、と。小さな利益に目を奪われるとは何か。昔、晋の献公は虞に道を借りて虢を討とうとした。荀息は「垂棘の璧と屈産の名馬を虞公に贈って道を借りたいと願えば、必ず道を貸すでしょう」と言った。献公は「垂棘の璧はわが先君の宝であり、屈産の馬は私の駿馬である。もし贈り物だけ受け取って道を貸さなかったら、どうするのか」と言った。荀息は「相手が道を貸さないつもりなら、贈り物を受け取るはずがありません。もし受け取って道を貸せば、宝は内側の蔵から出して外側の蔵にしまっておくようなもの、馬は内側の厩から出して外側の厩につないでおくようなものです。ご心配なさいますな」と言った。献公は「よし」と言った。そこで荀息に垂棘の璧と屈産の馬を虞公に贈らせ、道を借りることを求めさせた。虞公は璧と馬が欲しくて許そうとした。宮之奇が諫めて言った。「許してはなりません。虞にとって虢があるのは、車に添え木があるようなものです。
解説
関連する章句
-
呂氏春秋・權勳②昔、荊の龔王、晉の厲公と鄢陵に戰い、荊の師敗れ、龔王傷つく。戰いに臨みて、司馬子反、渇して飲を求むるに、豎陽穀、黍酒を操りて之に進む。子反叱して曰く、「訾、退けよ。酒なり。」豎陽穀對えて曰く、「酒に非ざるなり。」子反曰く、「亟かに退けよ。酒なり。」豎陽穀又曰く、「酒に非ざるなり。」子反受けて之を飲む。子反の人と為なりや、酒を嗜み、甘しとして口に絶つこと能わず、以て醉う。戰い既に罷む、龔王復た戰わんと欲して謀り、司馬子反を召さしむ。子反辭するに心疾を以てす。龔王駕して往きて之を視、幄中に入り、酒臭を聞きて還りて曰く、「今日の戰い、不穀親ら傷つく。恃む所の者は司馬なり。而るに司馬又此くの若し。是れ荊國の社稷を忘れて、吾が衆を恤えざるなり。不穀與に復た戰う無し。」是に於て師を罷め之を去り、司馬子反を斬りて以て戮と為せり。故に豎陽穀の酒を進むるや、以て子反を酔わすに非ざるなり。其の心以て忠せんとせしなり。而るに適々以て之を殺すに足れり。故に小忠は大忠の賊なりと曰う。
-
説苑・敬慎斉の桓公大臣の為に酒を具え、期するに日中を以てす。管仲後れて至る。桓公觴を挙げて以て之に飲ましむ。管仲半ば酒を棄つ。桓公曰わく、「期して後れて至り、飲みて酒を棄つ、礼に於て可ならんか」と。管仲対えて曰わく、「臣之を聞く、酒入りて舌出で、舌出づる者は言を失い、言を失う者は身棄てらると。臣身を棄つるを計るは酒を棄つるに如かず」と。桓公笑いて曰わく、「仲父起ちて坐に就け。楚の恭王晋の厲公と鄢陵に戦いし時、司馬子反渴して飲を求む。豎穀陽酒を持して之に進む。子反曰わく、『退けよ、酒なり』と。穀陽曰わく、『酒に非ず』と。子反又曰わく、『退けよ、酒なり』と。穀陽又曰わく、『酒に非ず』と。子反受けて之を飲み、酔いて寝ぬ。恭王復た戦わんと欲し、人をして子反を召さしむ。子反心疾を以て辞す。是に於て恭王駕して往きて幄に入り、酒臭を聞きて曰わく、『今日の戦い、恃む所の者は司馬なり。司馬酔うこと此くの如くに至る、是れ吾が国を亡ぼして吾が衆を恤れまざるなり。吾以て復た戢む無し』と。是に於て乃ち子反を誅して以て戮と為し、師を還す」と。夫れ穀陽の酒を進むるや、子反の忠を妒むを以てするに非ず、之を愛して適々以て之を殺すに足れり。故に曰わく、「小忠は、大忠の賊なり。小利は、大利の残なり。好戦の臣は、察せざるべからざるなり」と。
-
『韓非子』飾邪第十九財匱しくして民望めば、則ち民力を尽くさず。故に賞を用ゐること過ぐる者は民を失ひ、刑を用ゐること過ぐる者は民畏れず。賞有るも以て勧むるに足らず、刑有るも以て禁ずるに足らざれば、則ち国大なりと雖も、必ず危し。故に曰く、小知は事を謀らしむべからず、小忠は法を主らしむべからずと。荊の恭王、晋の厲公と鄢陵に戦ひ、荊の師敗れ、恭王傷つく。酣戦して、司馬子反渇して飲を求む。其の友豎穀陽、巵酒を奉じて之に進む。子反曰く、「之を去れ、此れ酒なり」と。豎穀陽曰く、「非なり」と。子反受けて之を飲む。子反の人と為り酒を嗜み、之を甘しとして、之を口に絶つこと能はず、酔ひて臥す。恭王復た戦はんと欲して事を謀らんとし、人をして子反を召さしむ。子反辞するに心疾を以てす。恭王駕して往きて之を視、幄中に入り、酒の臭ひを聞きて還りて曰く、「今日の戦ひ、寡人目親ら傷つく。恃む所の者は司馬なり。司馬又此くの如し。是れ荊国の社稷を亡ぼして吾が衆を恤れまざるなり。
-
『淮南子』人間訓何をか之を利せんと欲して反って之を害すと謂う。楚の恭王 晉人と鄢陵に戰う。戰い酣にして、恭王 傷つきて休む。司馬子反 渴して飲を求む。豎陽穀 酒を奉じて之を進む。子反の人と爲りや、酒を嗜みて之を甘しとし、口より絕つ能わず。遂に醉いて臥す。恭王 復た戰わんと欲し、人をして司馬子反を召さしむるに、辭するに心痛を以てす。王 駕して往きて之を視るに、幄中に入りて酒臭を聞く。恭王 大いに怒りて曰く「今日の戰い、不穀 親ら傷つく。恃む所の者は司馬なり。而るに司馬 又た此くの若し。是れ楚國の社稷を亡ぼして、吾が眾を率いざるなり。不穀 與に復た戰うこと無し」と。是に於いて師を罷めて之を去り、司馬子反を斬りて僇と爲す。故に豎陽穀の酒を進むるや、子反に禍せんと欲するに非ず。誠に愛して之を快しとせしめんと欲するなり。而るに適々以て之を殺すに足れり。此れ所謂 之を利せんと欲して反って之を害する者なり。
-
『韓非子』飾邪第十九豎穀陽の酒を進むるや、實心以て之を忠愛し、而も適に以て之を殺すに足るのみ。此れ小忠を行いて大忠を賊える者なり。
-
『韓非子』十過第十小忠を行うは、則ち大忠の賊なり。