韓非子 / 揚權第八
是非輻湊,上不與構。虚靜無爲,道之情也;叄伍比物,事之形也。叄之以比物,伍之以合虚。根幹不革,則動泄不失矣。動之溶之,無爲而攻之。喜之則多事,惡之則生怨。
新字:是非輻湊,上不与構。虚静無為,道之情也;叄伍比物,事之形也。叄之以比物,伍之以合虚。根幹不革,則動泄不失矣。動之溶之,無為而攻之。喜之則多事,悪之則生怨。
書き下し
是非輻湊して、上与に構へず。虚静無為は、道の情なり。参伍して物を比するは、事の形なり。之を参にして以て物を比し、之を伍にして以て虚に合はす。根幹革まらざれば、則ち動泄失はず。之を動かし之を溶かし、無為にして之を攻む。之を喜べば則ち事多く、之を悪めば則ち怨みを生ず。
現代語訳
是非の意見が車の輻のように集まってきても、君主はそれに関わって手を組まない。心を空しく静かにして何もしないのが道の本来の姿であり、あれこれ照らし合わせて物事を比べるのが事の扱い方である。照らし合わせて物事を比べ、組み合わせて虚心に合わせる。根と幹が変わらなければ、動いても失うことはない。臣下を動かし溶け込ませ、何もしないようにして臣下を治める。君主が何かを喜べば事が増え、何かを憎めば怨みが生まれる。
解説
さまざまな是非の意見が集まってきても、君主は自ら議論に加わらず、虚静無為の立場から照らし合わせて判断せよと説く一節です。「参伍」は、複数の情報を突き合わせて真偽を確かめる韓非の検証法で、内儲説篇などでも重視されます。根本がぶれなければ動いても失うものはない、と述べたうえで、君主が喜べば事が増え憎めば怨みが生じるので、好悪を表に出すなと戒めます。会議で上司が自分の意見を先に言うと、議論はその意見に引きずられ、情報の突き合わせができなくなります。自分は判断役に徹し、複数の意見を照合して決める姿勢が、偏りのない決定につながります。
関連する章句
-
『韓非子』揚權第八故に喜びを去り悪を去り、心を虚ろにして以て道の舎と為す。
-
『韓非子』揚權第八天に大命有り、人に大命有り。夫れ香美脆味、厚酒肥肉は、口に甘くして形を疾ましむ。曼理皓歯は、情を説ばしめて精を捐つ。故に甚を去り泰を去れば、身乃ち害無し。権は見るるを欲せず、素より無為なり。事は四方に在り、要は中央に在り。聖人要を執れば、四方来り效す。虚にして之を待てば、彼自ら之を以てす。四海既に蔵まり、陰に道りて陽を見る。左右既に立ち、門を開きて当たる。変ずる勿く易ふる勿く、二と倶に行く。
-
『韓非子』主道第五虚なれば則ち實の情を知り、静なれば則ち動の正を知る。
-
『韓非子』揚權第八其の采を見さざれば、下故に素正なり。因りて之に任じ、自ら之を事とせしむ。其の事に因りて、彼将に自ら之を挙げんとす。正して之に処らしめ、皆自ら之を定めしむ。上は名を以て之を挙げ、其の名を知らざれば、復た其の形を脩む。形名参同すれば、其の生ずる所を用ふ。二者誠に信なれば、下乃ち情を貢す。謹みて事とする所を脩め、命を天に待つ。其の要を失ふ毋くんば、乃ち聖人と為る。聖人の道は、智と巧とを去る。智巧去らざれば、以て常と為し難し。民人之を用ゐれば、其の身殃多し。主上之を用ゐれば、其の国危亡す。天の道に因り、形の理に反り、督参して之を鞠し、終はれば則ち始め有り。虚にして以て静後し、未だ嘗て己を用ゐず。凡そ上の患ひは、必ず其の端を同じくす。信にして同じくする勿くんば、万民一に従ふ。夫れ道は、弘大にして形無し。徳は、理を覈めて普く至る。群生に至るまで、斟酌して之を用ゐ、万物皆盛んにして、其の寧きに与らず。道は、下事に周く、稽に因りて命じ、時と生死す。名を参じ事を異にし、一に通じ情を同じくす。故に曰く、道は万物に同じからず、徳は陰陽に同じからず、衡は軽重に同じからず、縄は出入に同じからず、和は燥湿に同じからず、君は群臣に同じからず。凡そ此の六者は、道の出づるなり。道に双無し、故に一と曰ふ。是の故に明君は独道の容を貴ぶ。君臣道を同じくせず、下は名を以て禱る。君其の名を操り、臣其の形を效す。形名参同すれば、上下和調す。凡そ聴くの道は、其の出だす所を以て、反りて以て之が入ると為す。故に名を審らかにして以て位を定め、分を明らかにして以て類を辯ず。
-
『韓非子』揚權第八上は固く内扃を閉ぢ、室より庭を視れば、咫尺已に具はり、皆其の処に之く。賞すべき者を以て賞し、刑すべき者を以て刑し、其の為す所に因りて、各々以て自ら成さしむ。善悪必ず及べば、孰か敢へて信ぜざらん。規矩既に設けらるれば、三隅乃ち列す。主上神ならざれば、下将に因る有らんとす。其の事当たらざれば、下其の常を考ふ。天の若く地の若き、是を累解と謂ふ。地の若く天の若くんば、孰か疏く孰か親しからん。能く天地に象る、是を聖人と謂ふ。其の内を治めんと欲すれば、置きて親しむ勿かれ。其の外を治めんと欲すれば、官に一人を置け。自ら恣にせしめずんば、安んぞ移并するを得ん。大臣の門は、唯だ人多きを恐る。凡そ治の極みは、下得ること能はず。刑名を周合すれば、民乃ち職を守る。此を去りて更に求むるは、是を大惑と謂ふ。猾民愈々衆く、姦邪側に満つ。故に曰く、人を富まして焉に貸す毋かれ、人を貴くして焉に逼らるる毋かれ、専ら一人を信じて其の都国を失ふ毋かれ。腓股より大なれば、以て趣走し難し。主其の神を失へば、虎其の後に随ふ。主上知らざれば、虎将に狗と為らんとす。主蚤く止めざれば、狗益々已む無し。虎其の群を成せば、以て其の母を弑す。主と為りて臣無くんば、奚の国か之れ有らん。主其の法を施せば、大虎将に怯えんとす。主其の刑を施せば、大虎自ら寧んず。法刑苟も信なれば、虎化して人と為り、復た其の真に反る。其の国を為めんと欲すれば、必ず其の聚を伐て。其の聚を伐たずんば、彼将に衆を聚めんとす。其の地を為めんと欲すれば、必ず其の賜を適にせよ。其の賜を適にせずんば、乱人益を求む。彼求めて我予ふるは、仇人に斧を仮すなり。之を仮すべからず、彼将に之を用ゐて以て我を伐たんとす。黄帝言有りて曰く、「上下一日に百戦す」と。下は其の私を匿し、用て其の上を試み、
-
『韓非子』揚權第八聖人は一を執りて以て静にし、名をして自ら命ぜしめ、事をして自ら定めしむ。