韓非子 / 揚權第八
故去喜去惡,虚心以爲道舍。上不與共之,民乃寵之;上不與義之,使獨爲之。
新字:故去喜去悪,虚心以為道舎。上不与共之,民乃寵之;上不与義之,使独為之。
書き下し
故に喜びを去り悪を去り、心を虚ろにして以て道の舎と為す。
現代語訳
故に(主観的な)喜びや嫌悪の感情を捨て去り、心を空っぽにして、客観的な判断(道)の宿る場所とする。
解説
上に立つ者が私的な喜びや嫌悪といった感情を捨て去り、心を空っぽの器のようにしておくことで、そこに正しい判断が宿ると韓非子は説きます。好き嫌いという感情で判断していると、気づかぬうちに物事の見方が偏り、周りの人にも不公平感や不満が広がっていきます。部下からの提案や報告を受けるとき、自分の気に入る内容かどうかではなく、事実そのものを基準に判断することが求められます。これは家庭でも同じで、親が「かわいい方の子の言い分」ばかりを聞いていては、公平な子育てはできません。人の上に立つ者は、いったん自分の好き嫌いを脇に置き、心を空にして物事を見る習慣を持つことが大切なのです。
この章句が説くこと
感情的安定性公平性客観的判断アンコンシャスバイアス虚心
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