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韓非子 / 有度第六

若是,則羣臣廢法而行私重,輕公法矣。數至能人之門,不壹至主之廷;百慮私家之便,不壹圖主之國。屬數雖多,非所以尊君也;百官雖具,非所以任國也。然則主有人主之名,而實託於羣臣之家也。故臣曰:「亡國之廷無人焉。廷無人者,非朝廷之衰也。家務相益,不務厚國;大臣務相尊,而不務尊君;小臣奉禄養交,不以官爲事。此其所以然者,由主之不上断於法,而信下爲之也。

新字:若是,則羣臣廃法而行私重,軽公法矣。数至能人之門,不壱至主之廷;百慮私家之便,不壱図主之国。属数雖多,非所以尊君也;百官雖具,非所以任国也。然則主有人主之名,而実託於羣臣之家也。故臣曰:「亡国之廷無人焉。廷無人者,非朝廷之衰也。家務相益,不務厚国;大臣務相尊,而不務尊君;小臣奉禄養交,不以官為事。此其所以然者,由主之不上断於法,而信下為之也。

書き下し

是くの若くんば、則ち群臣法を廃して私重を行ひ、公法を軽んず。数々能人の門に至りて、壱たびも主の廷に至らず。百たび私家の便を慮りて、壱たびも主の国を図らず。属数多しと雖も、君を尊ぶ所以に非ざるなり。百官具はると雖も、国を任ふ所以に非ざるなり。然らば則ち主は人主の名有りて、実は群臣の家に託するなり。故に臣曰く、「亡国の廷には人無し」と。廷に人無しとは、朝廷の衰ふるに非ざるなり。家は相益すを務めて、国を厚くするを務めず。大臣は相尊ぶを務めて、君を尊ぶを務めず。小臣は禄を奉じ交はりを養ひて、官を以て事と為さず。此れ其の然る所以の者は、主の上法に断ぜずして、下を信じて之を為さしむるに由るなり。

現代語訳

そうなれば、臣下たちは法を捨てて私的な権勢を振るい、公の法を軽んじるようになる。有力者の門には何度も通うのに、君主の朝廷には一度も顔を出さない。私家の都合は百回も考えるのに、君主の国のことは一度も考えない。配下の数がいくら多くても、君主を尊ぶためのものではなく、役人がいくらそろっていても、国を担うためのものではない。そうなると君主は君主という名だけを持ち、実際には臣下たちの家に国を預けていることになる。だから私はこう言う、「亡国の朝廷には人がいない」と。朝廷に人がいないというのは、朝廷の人数が減ったということではない。臣下の家々は互いに利益を増やし合うことに励んで国を豊かにすることに励まず、大臣は互いに持ち上げ合うことに励んで君主を尊ぶことに励まず、下役は俸禄を受けながら人脈づくりに励み、職務を仕事としない。こうなるのは、君主が上にあって法によって決断せず、臣下を信じて任せきりにしているからである。

解説

評判や派閥による登用が続いた結果、臣下が有力者の門に通って君主の朝廷を顧みず、私家の利益ばかりを考えるようになった姿を描く一節です。「亡国の廷には人無し」とは人数が減ることではなく、国のために働く人がいなくなることだという言葉は鋭く響きます。その原因を、君主が法で決断せず臣下を信じて任せきりにしたことに求めているのが韓非らしいところです。会社でも、社員が多く会議も盛んなのに、誰もが部署の利益や自分の人脈づくりに忙しく、会社全体のことを考える人がいない状態があります。トップが基準で決断しないと、組織は人がいても空っぽになります。

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