韓非子 / 難言第三
言而遠俗,詭躁人間,則見以爲誕;
新字:言而遠俗,詭躁人間,則見以為誕;
書き下し
言ひて俗に遠く、人間に詭躁なれば、則ち見て以て誕と為さる。
現代語訳
言うことが世間の常識からかけ離れ、人の世の常に逆らって奇抜であれば、でたらめだと見なされる。
解説
難言篇で挙げられる誤解の型の一つで、世間の常識から離れた新しい考えを述べると、でたらめだと受け取られるという指摘です。「詭躁人間」は、人の世の常道に背いて激しく目新しいことを言うさまと解されます。韓非自身、儒家や墨家が尊ぶ先王の道を否定し、法と術による統治を説いたので、まさにこの誤解を受ける立場にありました。どんなに正しい考えでも、聞き手の常識と離れすぎていると、中身を吟味される前に退けられてしまいます。新しい提案をするときは、相手の常識からどれだけ離れているかを測り、橋渡しの言葉を用意することが欠かせません。
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