韓非子 / 存韓第二
夫韓嘗一背秦而國迫地侵,兵弱至今,所以然者,聽姦臣之浮說,不權事實,故雖殺戮姦臣,不能使韓復强。「今趙欲聚兵士,卒以秦爲事,使人來借道,言欲伐秦,其勢必先韓而後秦。
新字:夫韓嘗一背秦而国迫地侵,兵弱至今,所以然者,聴姦臣之浮説,不権事実,故雖殺戮姦臣,不能使韓復強。「今趙欲聚兵士,卒以秦為事,使人来借道,言欲伐秦,其勢必先韓而後秦。
書き下し
夫れ韓嘗て一たび秦に背きて国迫られ地侵され、兵弱きこと今に至る。然る所以の者は、姦臣の浮説を聴き、事実を権らず、故に姦臣を殺戮すと雖も、韓をして復た強からしむること能はず。「今趙兵士を聚め、卒に秦を以て事と為さんと欲し、人をして来りて道を借らしめ、秦を伐たんと欲すと言ふ、其の勢必ず韓を先にして秦を後にせん。
現代語訳
韓はかつて一度秦に背いたために国は追い詰められ、領土は侵され、兵は今に至るまで弱いままである。そうなったのは、姦臣のうわついた説を聞き入れ、事実をはかり比べなかったからだ。だから後から姦臣を殺しても、韓を再び強くすることはできなかった。「いま趙は兵を集め、ついには秦を相手に事を起こそうとしており、使者をよこして道を借りたいと言い、秦を討つつもりだと言っている。しかしその勢いからすれば、必ず韓を先に攻め、秦はその後になるだろう。
解説
李斯が韓王への書の中で、韓がかつて秦に背いて弱体化したのは、姦臣の根拠のない説を聞き入れて事実を量らなかったからだと指摘する一節です。後で姦臣を処刑しても失ったものは戻らない、という言葉には重みがあります。さらに、趙が秦を討つと称して韓に道を借りに来ても、実際には韓が先に狙われると説き、秦から離れることの危うさを示しています。組織でも、耳当たりのよい意見に乗って事実を確かめずに決断すると、責任者を処分しても損失は取り戻せません。判断の前に事実をはかる手間を惜しまないことが、後悔しないための唯一の方法です。
関連する章句
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『韓非子』存韓第二趙・秦の強弱は、今年に在るのみ。且つ趙は諸侯と陰謀すること久し。夫れ一たび動きて諸侯に弱きは、危事なり。計を為して諸侯をして我を意ふの心有らしむるは、至殆なり。二疏を見すは、諸侯に強き所以に非ざるなり。臣窃かに願はくは陛下の幸ひに之を熟図せんことを。攻伐して従者をして間せしめば、悔ゆべからざるなり。詔して韓客の上書する所を以て、書に韓子の未だ挙ぐべからざるを言ふを、臣斯に下す。臣斯甚だ以て然らずと為す。
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『韓非子』存韓第二且つ夫れ韓の兵の天下に於けるは知るべきなり、今又強秦に背く。夫れ城を棄てて軍を敗らば、則ち反掖の寇必ず城を襲はん。城尽くれば則ち聚散じ、聚散ずれば則ち軍無し。城固く守らば、則ち秦必ず兵を興して王の一都を囲み、道通ぜざれば、則ち難必ず謀られ、其の勢救はれず、左右之を計る者用ゐられず。願はくは陛下之を熟図せよ。若し臣斯の言ふ所に事実に応ぜざる者有らば、願はくは大王幸ひに辞を前に畢ふるを得しめよ、乃ち吏の誅に就くも晩からざるなり。秦王飲食甘からず、遊観楽しまず、意専ら趙を図るに在り、臣斯をして来り言はしめ、身ら見ゆるを得て、因りて急に陛下と計有らんことを願ふ。今使臣通ぜずんば、則ち韓の信未だ知るべからざるなり。夫れ秦必ず趙の患を釈きて兵を韓に移さん、願はくは陛下幸ひに復た察して之を図り、而して臣に報決を賜へ」と。
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『韓非子』存韓第二韓の秦に事ふること三十余年、出でては則ち扞蔽と為り、入りては則ち蓆薦と為る。秦特だ鋭師を出だして地を取り、韓之に随ひ、怨みは天下に懸かり、功は強秦に帰す。且つ夫れ韓は貢職を入れ、郡県と異なる無きなり。今臣窃かに貴臣の計を聞くに、兵を挙げて将に韓を伐たんとす。夫れ趙氏は士卒を聚め、従徒を養ひ、天下の兵を贅めんと欲し、秦弱からざれば則ち諸侯必ず宗廟を滅ぼさるるを明らかにし、西面して其の意を行はんと欲す、一日の計に非ざるなり。今趙の患を釈きて、内臣の韓を攘はば、則ち天下趙氏の計を明らかにせん。
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『韓非子』存韓第二守備を脩め、強敵を戒め、畜積有り、城池を築きて以て守り固む。今韓を伐たば、未だ一年にして滅ぼすべからず、一城を抜きて退かば、則ち権天下に軽く、天下我が兵を摧かん。
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『韓非子』存韓第二今斉・趙に専らなれば、則ち韓必ず腹心の病と為りて発せん。韓荊と謀有り、諸侯之に応ずれば、則ち秦必ず復た崤塞の患を見ん。非の来るや、未だ必ずしも其の能く韓を存するを以て韓に重きを為さずんばあらざるなり。辯説属辞し、非を飾り謀を詐り、以て利を秦に釣り、而して韓の利を以て陛下を闚ふ。夫れ秦・韓の交親しければ、則ち非重し、此れ自便の計なり。臣非の言を視るに、其の淫説靡辯を文り、才甚だし。
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『韓非子』存韓第二矣。夫れ韓は秦に臣たりと雖も、未だ嘗て秦の病と為らずんばあらず、今若し卒報の事有らば、韓は信ずべからざるなり。秦趙と難を為し、荊蘇斉に使ひす、未だ何如なるかを知らず。臣を以て之を観れば、則ち斉・趙の交は未だ必ずしも荊蘇を以て絶えざるなり。若し絶えずんば、是れ秦を悉くして二万乗に応ずるなり。