韓非子 / 存韓第二
矣。夫韓雖臣於秦,未嘗不爲秦病,今若有卒報之事,韓不可信也。秦與趙爲難,荆蘇使齊,未知何如。以臣觀之,則齊、趙之交未必以荆蘇絶也;若不絶,是悉秦而應二萬乘也。
新字:矣。夫韓雖臣於秦,未嘗不為秦病,今若有卒報之事,韓不可信也。秦与趙為難,荆蘇使斉,未知何如。以臣観之,則斉、趙之交未必以荆蘇絶也;若不絶,是悉秦而応二万乗也。
書き下し
矣。夫れ韓は秦に臣たりと雖も、未だ嘗て秦の病と為らずんばあらず、今若し卒報の事有らば、韓は信ずべからざるなり。秦趙と難を為し、荊蘇斉に使ひす、未だ何如なるかを知らず。臣を以て之を観れば、則ち斉・趙の交は未だ必ずしも荊蘇を以て絶えざるなり。若し絶えずんば、是れ秦を悉くして二万乗に応ずるなり。
現代語訳
(……である。)そもそも韓は秦に臣従しているとはいえ、これまで秦の病の種にならなかったことはない。もしいま急な事態が起これば、韓は信用できない。秦は趙と敵対しており、荊蘇が斉に使いしているが、どうなるかはまだ分からない。私から見れば、斉と趙の交わりは荊蘇によって必ずしも断たれるとは限らない。もし断たれなければ、秦は全力を挙げて二つの万乗の国を相手にすることになる。
解説
李斯が韓非の上書に反論する上奏の一節で、韓は臣従していても常に秦の病の種であり、非常時には信用できないと断じます。さらに、斉と趙の同盟が崩れなければ秦は二大国を同時に相手にすることになると述べ、だからこそ先に韓を確実に押さえるべきだという議論につなげます。冒頭の「矣」は、前の既存の句の文末の字がこの単位に入ったものです。韓非が韓を趙攻めの味方にせよと説いたのに対し、李斯は韓を背後の不安要素と見ており、同じ韓を正反対に評価しています。頼りにしている協力者が危機のときに本当に動くのかを、平時に見極めておく必要があります。
関連する章句
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『韓非子』存韓第二趙・秦の強弱は、今年に在るのみ。且つ趙は諸侯と陰謀すること久し。夫れ一たび動きて諸侯に弱きは、危事なり。計を為して諸侯をして我を意ふの心有らしむるは、至殆なり。二疏を見すは、諸侯に強き所以に非ざるなり。臣窃かに願はくは陛下の幸ひに之を熟図せんことを。攻伐して従者をして間せしめば、悔ゆべからざるなり。詔して韓客の上書する所を以て、書に韓子の未だ挙ぐべからざるを言ふを、臣斯に下す。臣斯甚だ以て然らずと為す。
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『韓非子』存韓第二韓の秦に事ふること三十余年、出でては則ち扞蔽と為り、入りては則ち蓆薦と為る。秦特だ鋭師を出だして地を取り、韓之に随ひ、怨みは天下に懸かり、功は強秦に帰す。且つ夫れ韓は貢職を入れ、郡県と異なる無きなり。今臣窃かに貴臣の計を聞くに、兵を挙げて将に韓を伐たんとす。夫れ趙氏は士卒を聚め、従徒を養ひ、天下の兵を贅めんと欲し、秦弱からざれば則ち諸侯必ず宗廟を滅ぼさるるを明らかにし、西面して其の意を行はんと欲す、一日の計に非ざるなり。今趙の患を釈きて、内臣の韓を攘はば、則ち天下趙氏の計を明らかにせん。
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『韓非子』存韓第二且つ夫れ韓の兵の天下に於けるは知るべきなり、今又強秦に背く。夫れ城を棄てて軍を敗らば、則ち反掖の寇必ず城を襲はん。城尽くれば則ち聚散じ、聚散ずれば則ち軍無し。城固く守らば、則ち秦必ず兵を興して王の一都を囲み、道通ぜざれば、則ち難必ず謀られ、其の勢救はれず、左右之を計る者用ゐられず。願はくは陛下之を熟図せよ。若し臣斯の言ふ所に事実に応ぜざる者有らば、願はくは大王幸ひに辞を前に畢ふるを得しめよ、乃ち吏の誅に就くも晩からざるなり。秦王飲食甘からず、遊観楽しまず、意専ら趙を図るに在り、臣斯をして来り言はしめ、身ら見ゆるを得て、因りて急に陛下と計有らんことを願ふ。今使臣通ぜずんば、則ち韓の信未だ知るべからざるなり。夫れ秦必ず趙の患を釈きて兵を韓に移さん、願はくは陛下幸ひに復た察して之を図り、而して臣に報決を賜へ」と。
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『韓非子』存韓第二今斉・趙に専らなれば、則ち韓必ず腹心の病と為りて発せん。韓荊と謀有り、諸侯之に応ずれば、則ち秦必ず復た崤塞の患を見ん。非の来るや、未だ必ずしも其の能く韓を存するを以て韓に重きを為さずんばあらざるなり。辯説属辞し、非を飾り謀を詐り、以て利を秦に釣り、而して韓の利を以て陛下を闚ふ。夫れ秦・韓の交親しければ、則ち非重し、此れ自便の計なり。臣非の言を視るに、其の淫説靡辯を文り、才甚だし。
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『韓非子』存韓第二今臣の愚議を以てすれば、秦兵を発して未だ伐つ所を名づけざれば、則ち韓の用事者は秦に事ふるを以て計と為さん。臣斯請ふ、往きて韓王に見え、来りて入見せしめん。大王見て、因りて其の身を内れて遣らず、稍く其の社稷の臣を召し、以て韓人と市を為さば、則ち韓深く割くべきなり。因りて象武をして東郡の卒を発し、兵を境上に闚はしめて未だ之く所を名づけざれば、則ち斉人懼れて蘇の計に従はん。是れ我が兵未だ出でずして勁韓は威を以て擒へられ、強斉は義を以て従ふなり。諸侯に聞こゆるや、趙氏は胆を破り、荊人は狐疑し、必ず忠計有らん。荊人動かざれば、魏は患ふるに足らざるなり、則ち諸侯蚕食して尽くすべく、趙氏与に敵するを得べし。願はくは陛下幸ひに愚臣の計を察し、忽せにする無かれ。秦遂に斯を遣はして韓に使ひせしむ。李斯往きて韓王に詔す、未だ見ゆるを得ず、因りて書を上りて曰く、「昔秦・韓は力を勠せ意を一にし、以て相侵さず、天下敢へて犯す莫し、此くの如き者数世なり。前時五諸侯嘗て相与に共に韓を伐つ、秦兵を発して以て之を救ふ。韓は中国に居り、地は千里に満つること能はず、而して諸侯と天下に班位し、君臣相保つを得る所以の者は、世世相教へて秦に事ふるの力を以てなり。先時五諸侯共に秦を伐つ、韓反りて諸侯と先に雁行を為し以て秦軍に関下に嚮ふ。諸侯の兵困しみ力極まり、奈何ともする無く、諸侯の兵罷む。杜倉秦に相たり、兵を起こし将を発して以て天下の怨みに報いて先づ荊を攻む。荊の令尹之を患へて曰く、『夫れ韓は秦を以て不義と為し、而して秦と兄弟となりて共に天下を苦しむ。已にして又秦に背き、先に雁行を為して以て関を攻む。韓は則ち中国に居り、展転して知るべからず』と。天下共に韓の上地十城を割きて以て秦に謝し、其の兵を解く。
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『韓非子』存韓第二魏兵を発して以て韓を攻めんと欲し、秦人をして使者を韓に将ゐしむ。今秦王臣斯をして来らしめて見ゆるを得ず、恐らくは左右曩の姦臣の計を襲ひ、韓をして復た地を亡ふの患有らしめん。臣斯見ゆるを得ずんば、請ふ帰りて報ぜん、秦韓の交必ず絶えん。斯の来使するや、以て秦王の歓心を奉じ、便計を效さんことを願ふ、豈に陛下の賤臣を逆ふる所以の者ならんや。臣斯願はくは一たび見ゆるを得て、前みては愚計を進道し、退きては葅戮に就かん、願はくは陛下意有れ。今臣を韓に殺さば、則ち大王以て強きに足らず、若し臣の計を聴かずんば、則ち禍必ず搆へん。秦兵を発して行を留めずして、韓の社稷憂へん。臣斯身を韓の市に暴さば、則ち賤臣の愚忠の計を察せんと欲すと雖も、得べからざるのみ。