韓非子 / 存韓第二
韓叛,則魏應之,趙據齊以爲原,如此,則以韓、魏資趙假齊以固其從,而以與爭强,趙之福而秦之禍也。
新字:韓叛,則魏応之,趙拠斉以為原,如此,則以韓、魏資趙仮斉以固其従,而以与争强,趙之福而秦之禍也。
書き下し
韓叛けば、則ち魏之に応じ、趙は斉に拠りて以て原と為す。此くの如くんば、則ち韓・魏を以て趙を資け斉を仮りて以て其の従を固くし、而して以て与に強を争わば、趙の福にして秦の禍なり。
現代語訳
韓が背けば魏がこれに応じ、趙は斉を頼みの綱とする。そうなれば韓と魏が趙を助け、斉を借りて合従を固め、それによって強さを競うことになる。それは趙の福であり、秦の禍である。
解説
一国の離反が連鎖する経路を、具体的な国名で追っている。韓が動けば魏が応じ、趙が斉を後ろ盾にする。単独の裏切りではなく、必ず次の結びつきを生むという読みである。結論も明快で、同じ出来事が一方の福であり他方の禍だと言い切る。事業の提携や取引でも、一社の離反はそこで終わらない。その一社が競合と組み、他社の判断材料になり、連鎖する。だから離反への対処は、離反した相手だけを見ていては足りない。次に誰が動くかを先に読む必要がある。韓非子がここで示しているのは、力関係を静止画ではなく連鎖として捉える視点である。誰かが動いたとき、その動きが他の誰にとって好機になるのかを数える。
この章句が説くこと
波及効果連鎖離反ドミノ理論合従戦略的判断
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