太上感応篇 / 結論・胡ぞ勉めて之を行はざる
凶人語惡、視惡、行惡,一日有三惡,三年天必降之禍。胡不勉而行之?
新字:凶人語悪、視悪、行悪,一日有三悪,三年天必降之禍。胡不勉而行之?
書き下し
凶人は悪を語り、悪を視、悪を行ふ。一日に三悪有れば、三年にして天必ず之に禍を降す。胡ぞ勉めて之を行はざる。
現代語訳
凶な人は、悪いことを語り、悪いことを見、悪いことを行います。一日に三つの悪があれば、三年たてば天は必ずその人にわざわいを降します。どうして努めてこれを行わないのでしょうか。
解説
千二百七十七字の結びです。前段の善をそのまま裏返し、一日に三悪、三年で禍と対にして置きました。善と悪がまったく同じ仕組みで積まれていく、という見せ方です。そして最後は、どうして努めないのか、という問いかけで終わります。命令でも約束でもなく、問いで閉じるところにこの書の後味があります。目録の大半は禁止でしたが、結びは読む側に投げ返されました。三善と三悪の違いは、一日のうちでは見分けがつかないほど小さなものです。それが三年で分かれる、というのがこの書の最後の主張でしょう。今日の一日をどちらに数えるかは、いつでも自分の側にあります。
この章句が説くこと
三悪結び日々選択勉励
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