太上感応篇 / 善行・天仙を求むる者は一千三百善
欲求天仙者,當立一千三百善;欲求地仙者,當立三百善。
新字:欲求天仙者,当立一千三百善;欲求地仙者,当立三百善。
書き下し
天仙を求めんと欲する者は、当に一千三百善を立つべし。地仙を求めんと欲する者は、当に三百善を立つべし。
現代語訳
天の仙人になることを求める者は、千三百の善行を積まなければなりません。地の仙人になることを求める者は、三百の善行を積まなければなりません。
解説
善を数で示した、この書でもっとも変わった一段です。天仙には千三百、地仙には三百と、具体的な数字が出てきます。葛洪の『抱朴子』にも似た数え方があり、そこから受け継がれた考え方だと見られます。数えるという発想は後に功過格という帳簿を生み、善と悪を点数にして日々つけていく実践になりました。袁了凡の『了凡四訓』が説く三千善もこの流れの上にあります。数字そのものに意味があるかは別として、善を志だけで終わらせず、数えられる行いに落とすという発想には見るべきところがあります。心がけを続けたい人より、回数を記録している人のほうが続くからです。
この章句が説くこと
功過格善修養数継続
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