関聖帝君覚世真経 / 第三段・人は見ずと雖も、神已に早く聞く
回心向道,改過自新,滿腔仁慈,惡念不存,一切善事,信心奉行,人雖不見,神已早聞,加福增壽,添子益孫,
新字:回心向道,改過自新,満腔仁慈,悪念不存,一切善事,信心奉行,人雖不見,神已早聞,加福增寿,添子益孫,
書き下し
心を回らして道に向かひ、過ちを改めて自ら新たにし、満腔仁慈にして、悪念存せず、一切の善事、信心もて奉行せば、人は見ずと雖も、神已に早く聞く。福を加へ寿を増し、子を添へ孫を益し、
現代語訳
心を向きなおして道へ向かい、過ちを改めて自分を新しくし、胸いっぱいに慈しみをもって、悪い思いを残さず、あらゆる善いことを信じる心で行っていくならば、人は見ていなくても、神はすでに早くから聞いています。福を加え寿命を増し、子を添え孫を増やし、
解説
善行の列を受けて、その報いへ移る段です。冒頭の回心向道、改過自新が要になります。過去に何をしたかではなく、心の向きを変えたところから数え直せるという考え方で、太上感応篇の結びとまったく同じ立て方です。三聖経と呼ばれる書が共通して、裁きで終わらずやり直しを認めるのは、これらが読者に実行させるための書だからでしょう。人雖不見、神已早聞という対句も効いています。人が見ていないことを、この書は繰り返し問題にします。見られていないから手を抜くのではなく、見られていなくても同じであることを、ここでは神が聞いているという形で言い表しました。要は、自分がすでに知っている、ということです。
この章句が説くこと
改過回心仁慈報い陰徳
関連する章句
-
『関聖帝君覚世真経』第四段・善悪両途、禍福攸に分かる神明鑒察して、毫髪も紊れず。善悪両途、禍福攸に分かる。善を行へば福報あり、悪を作せば禍臨む。我れ斯の語を作す、人の奉行せんことを願ふ。言は浅近なりと雖も、大いに身心に益あり。
-
『関聖帝君覚世真経』第四段・吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く万禍雪のごとく消え、千祥雲のごとく集まらん。諸ろ此くの如き福は、惟だ善のみ致すべし。吾れ本と私無し、惟だ善人を佑く。衆善奉行せよ、厥の志を怠ること毋かれ。
-
『関聖帝君覚世真経』第一段・心は即ち神、神は即ち心是を偷生と謂ふ。凡そ人の心は即ち神、神は即ち心なり。心に愧づること無ければ、神に愧づること無し。若し是れ心を欺かば、便ち是れ神を欺くなり。故に君子は三畏四知して、以て其の独を慎む。
-
『太上感応篇』結論・心善に起これば、善未だ為さざるも吉神已に随ふ夫れ心善に起これば、善は未だ為さざるも、吉神已に之に随ふ。或いは心悪に起これば、悪は未だ為さざるも、凶神已に之に随ふ。其れ曾て悪事を行ふこと有るも、後に自ら改悔し、諸悪作すこと莫く、衆善奉行せば、
-
『関聖帝君覚世真経』第三段・時に方便を行ひ、広く陰功を積む時に方便を行ひ、広く陰功を積み、難を救ひ急を済ひ、孤を恤み貧を憐れみ、廟宇を創修し、経文を印造し、薬を捨て茶を施し、殺を戒め生を放ち、橋を造り路を修め、寡を矜れみ困を抜き、
-
『関聖帝君覚世真経』第三段・災消え病減じ、吉星照臨す災消え病減じ、禍患侵さず、人物咸な寧く、吉星照臨せん。