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関聖帝君覚世真経 / 第一段・暗室欺くべしと謂ふこと勿れ

勿謂暗室可欺,屋漏可愧,一動一靜,神明鑒察,十目十手,理所必至,

新字:勿謂暗室可欺,屋漏可愧,一動一静,神明鑒察,十目十手,理所必至,

書き下し

暗室欺くべし、屋漏愧づべしと謂ふこと勿れ。一動一静、神明鑒察す。十目十手、理の必ず至る所なり。

現代語訳

人目のない部屋なら欺いてもよい、家の奥まった隅なら恥じるだけで済む、などと思ってはなりません。動くにつけ静まるにつけ、神々は見通しています。十の目が見つめ、十の手が指さすというのは、道理として必ずそうなることなのです。

解説

前段の慎独を、場面の話に落とした段です。屋漏は『詩経』大雅抑篇の、屋漏に愧じずという句から来た語で、家のいちばん奥まった隅を指します。人が最も気を抜く場所ということです。十目十手は『大学』の、十目の視る所、十手の指さす所、其れ厳なるかな、から取られています。誰も見ていないつもりでも、いずれ十の目が見つめ十の手が指さす。それを神の力ではなく、理として必ずそうなると言っているのが、この段の落ち着いたところです。隠しごとはいつか露見するというのは、信仰ではなく経験の積み上げです。露見してから慌てる人と、初めから隠すことをしない人の差は、ここで分かれます。

この章句が説くこと

暗室屋漏十目十手慎独露見

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