酔古堂剣掃 / 集醒・暗室の貞邪誰か見ん
暗室貞邪誰見,忽而萬口喧傳;自心善惡炯然,凜於四王考校。
新字:暗室貞邪誰見,忽而万口喧伝;自心善悪炯然,凜於四王考校。
書き下し
暗室の貞邪誰か見ん、忽ちにして萬口喧傳す。自心の善惡炯然たり、四王の考校よりも凜たり。
現代語訳
暗い部屋の中での正しい行いも邪な行いも誰が見ているものかと思っていても、たちまち多くの人の口から騒がしく言い伝えられます。自分の心の中の善悪ははっきりと明らかで、四天王の取り調べよりも厳しいものです。
解説
人の見ていないところでの行いこそ慎むべきだと説く一則です。暗室は人目のない場所、貞邪は正しいことと邪なことです。誰も見ていないと思ってした行いも、いつのまにか世間に知れ渡ります。そして何より、自分の心は自分の善悪をはっきりと知っています。四王は仏教の四天王で、定められた日に人間界を巡って人々の善悪を調べると言われます。自分の心による点検は、その四天王の取り調べよりも厳しいというのです。中国には、天知る、地知る、我知る、子知るという楊震の言葉もあります。誰も見ていないからと手を抜いたり、ごまかしたりしたくなったとき、自分の心が見ていることを思い出したいものです。
この章句が説くこと
慎独良心修身誠実善悪
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