酔古堂剣掃 / 集醒・暗室の貞邪誰か見ん
暗室貞邪誰見,忽而萬口喧傳;自心善惡炯然,凜於四王考校。
新字:暗室貞邪誰見,忽而万口喧伝;自心善悪炯然,凜於四王考校。
書き下し
暗室の貞邪誰か見ん、忽ちにして萬口喧傳す。自心の善惡炯然たり、四王の考校よりも凜たり。
現代語訳
暗い部屋の中での正しい行いも邪な行いも誰が見ているものかと思っていても、たちまち多くの人の口から騒がしく言い伝えられます。自分の心の中の善悪ははっきりと明らかで、四天王の取り調べよりも厳しいものです。
解説
人の見ていないところでの行いこそ慎むべきだと説く一則です。暗室は人目のない場所、貞邪は正しいことと邪なことです。誰も見ていないと思ってした行いも、いつのまにか世間に知れ渡ります。そして何より、自分の心は自分の善悪をはっきりと知っています。四王は仏教の四天王で、定められた日に人間界を巡って人々の善悪を調べると言われます。自分の心による点検は、その四天王の取り調べよりも厳しいというのです。中国には、天知る、地知る、我知る、子知るという楊震の言葉もあります。誰も見ていないからと手を抜いたり、ごまかしたりしたくなったとき、自分の心が見ていることを思い出したいものです。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
慎独良心修身誠実善悪
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集醒・善を為して人の知るを急ぐ惡を為して人の知るを畏るるは、惡中に猶ほ善念有り。善を為して人の知るを急ぐは、善處即ち是れ惡根なり。
-
『不動智神妙録』諫言 其一 忠を尽くす其心正しき時は、外より人の知る事もあらず、一念発る所に善と悪との二つあり、其善悪二つの本を考へて、善をなし悪をせざれば、心自ら正直なり。
-
『法句経』第二十六 婆羅門の部 四一〇〜四一二 福と罪とに執せず四一〇 人若し今世又は後世を希はず、希望なく、束縛を離るれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。 四一一 人若し愛著なく、(諦理を)知つて疑なく、甘露の源底に達すれば、彼を我は婆羅門と謂ふ。 四一二 人若し此の世に於て福と罪と両ながら執するを息め、憂なく、貪を離れ、清浄なれば彼を我は婆羅門と謂ふ。
-
『呻吟語』外篇・人情・鬼神に罪を得る者人の善を聞きて之を掩覆し、或いは文致して以て其の心を誣ふ。人の過ちを聞きて之を播揚し、或いは枝葉して以て其の罪を多くす。此れ皆な鬼神に罪を得る者なり。吾が黨之を戒めよ。
-
『酔古堂剣掃』集醒・一念の善は吉神之に隨ふ一念の善は、吉神之に隨ひ、一念の惡は、厲鬼之に隨ふ。此を知らば以て鬼神を役使すべし。
-
『関聖帝君覚世真経』第四段・善悪両途、禍福攸に分かる神明鑒察して、毫髪も紊れず。善悪両途、禍福攸に分かる。善を行へば福報あり、悪を作せば禍臨む。我れ斯の語を作す、人の奉行せんことを願ふ。言は浅近なりと雖も、大いに身心に益あり。