回天詩史 / 苟明大義正人心・大義を明らかにし人心を正す
苟明大義正人心。皇道奚患不興起。斯心奮發誓神明。古人云斃而後已嗚呼我公之所以遭禍者。彪旣粗言之矣。然則王室陵夷者。不可復尊乎。蠻夷猖獗者。不可復攘乎。幕府之政。讒慝日行。異端之說。浸淫益甚。而神皇所以經綸天地。控御宇內之道。湮晦否塞。不可復闡明開通乎。曰奚其然。物有本末。事有終始。天尊地卑。日月昭明。彝倫猶存。苟能反其本。通其末。厚其始。要其終。允執其中。以明大義於天下。則王室可尊。蠻夷可攘。幕府益昌。異端自衰。而皇道之隆。可企首而望也。請言其畧。謹惟天祖天孫之盛德大業。八百萬神之鴻勳偉績。今不可得
新字:苟明大義正人心。皇道奚患不興起。斯心奮発誓神明。古人云斃而後已嗚呼我公之所以遭禍者。彪既粗言之矣。然則王室陵夷者。不可復尊乎。蠻夷猖獗者。不可復攘乎。幕府之政。讒慝日行。異端之説。浸淫益甚。而神皇所以経綸天地。控御宇内之道。湮晦否塞。不可復闡明開通乎。曰奚其然。物有本末。事有終始。天尊地卑。日月昭明。彝倫猶存。苟能反其本。通其末。厚其始。要其終。允執其中。以明大義於天下。則王室可尊。蠻夷可攘。幕府益昌。異端自衰。而皇道之隆。可企首而望也。請言其略。謹惟天祖天孫之盛徳大業。八百万神之鴻勲偉績。今不可得
書き下し
苟も大義を明らかにし人心を正さば、皇道奚ぞ興起を患へん。斯の心奮発して神明に誓ふ。古人云ふ、斃れて後已む、と。嗚呼我が公の禍に遭ふ所以、彪既に粗ぼ之を言へり。然らば則ち王室の陵夷せるは、復た尊ぶべからざるか。蛮夷の猖獗せるは、復た攘ふべからざるか。幕府の政、讒慝日に行はれ、異端の説、浸淫益々甚だし。而して神皇の天地を経綸し宇内を控御する所以の道、湮晦否塞して、復た闡明開通すべからざるか。曰く、奚ぞ其れ然らん。物に本末有り、事に終始有り。天尊く地卑く、日月昭明にして、彝倫猶ほ存す。苟も能く其の本に反り、其の末に通じ、其の始めを厚くし、其の終はりを要め、允に其の中を執り、以て大義を天下に明らかにせば、則ち王室尊ぶべく、蛮夷攘ふべく、幕府益々昌え、異端自ら衰へ、而して皇道の隆んなる、首を企てて望むべきなり。請ふ、其の略を言はん。謹んで惟ふに、天祖天孫の盛徳大業、八百万神の鴻勲偉績、今は得て
現代語訳
もし大義を明らかにして人心を正すなら、皇道の興起をどうして憂えることがありましょうか。この心を奮い起こして神明に誓います。古人は言いました。倒れて後に已む、と。ああ、わが公が禍に遭った理由は、私がすでにおおむね述べました。それでは、王室の衰えは、もう尊ぶことができないのでしょうか。蛮夷の猛威は、もう払うことができないのでしょうか。幕府の政治は、讒言や悪事が日に日に行われ、異端の説は、しだいに浸み込んでますます甚だしくなっています。そして、神皇が天地を経綸し天下を統御した道は、埋もれ暗くふさがって、もう明らかにして開くことができないのでしょうか。私は言います。どうしてそのようなことがありましょう。物には本と末があり、事には始めと終わりがあります。天は尊く地は卑く、日月は明らかで、人の常道はなお存在しています。もしよくその根本に立ち返り、その末端に通じ、始めを厚くし、終わりを見極め、まことにその中庸を保ち、大義を天下に明らかにするなら、王室は尊ぶことができ、蛮夷は払うことができ、幕府はますます栄え、異端はおのずと衰え、皇道の隆盛は首を伸ばして望むことができるでしょう。その大略を申しましょう。謹んで思うに、天祖・天孫の盛んな徳と大業、八百万の神々の大きな功績は、今は詳しく知ることができず、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『晏子春秋』問下・叔向問君子之大義何若晏子對以尊賢不退不肖叔向、晏子に問いて曰く、「君子の大義は何若」と。晏子対えて曰く、「君子の大義は、和調にして縁らず、溪盎にして苛ならず、荘敬にして狡ならず、和柔にして銓ならず、刻廉にして劌せず、行い精にして明を以て汙さず、斉尚にして罷を以て遺てず。富貴にして物に傲らず、貧窮にして行いを易えず、賢を尊びて不肖を退けず。此れ君子の大義なり」と。
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『五常訓』巻之四・礼一礼儀三百、威儀三千とて、およそ人の行ふべき大礼三百条、小礼三千条あり。是は其大槩をあげていへり。必三百三千に限るべからず。皆是つつしみ敬ふ心より出で、天理の程よき所にして、人事のしかるべき作法なり。つつしみ敬ふ心は、礼の本なり。三百三千の品は、礼の文なり。文とは外のあやなり。本なければ礼たたず。文なければ礼行はれず。故に礼は本をおもんず。文も亦そなはらずんばあるべからず。
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『弁名』文質體用本末本末は猶ほ源流のごときなり。凡そ所謂本なる者は、皆其の功を施す所の始めを謂ふなり。「天下の本は国に在り、国の本は家に在り」の如き、皆是なり。後世本体・本心の説有るは、古書に無き所なり。「孝弟なる者は其れ仁の本たるか」の如き、亦た仁政を行ふは必ず孝弟より始むるを言ふなり。「喜怒の未だ発せざる、之を中と謂ふ。中なる者は天下の大本なり」の如き、乃ち聖人の道を立つるに、人の性に率ひて以て之を立つるを言ふ。亦た道の由りて始まる所を語るのみ。体用の説は古に無き所なり。仁斎先生之を辨ず、是と為す。礼運に「仁なる者は順の体なり」と曰ひ、燕義に「和寧は礼の用なり」と曰ふが如き、皆順を体し、礼を用ふるを謂ふのみ。
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『山鹿語類』士道・明衣服之制深衣の制のみ今に其説詳にして、ことに聖賢の法服各天地の用に相叶へりといへども、時に於て不相応を服せんは、唯私の服の心に叶へるまゝに、朝服にも着するに同じ。其所習好悪あれども、心にまかせんことは、聖人の道にあらず。理を立て己を利する也。されば孔子曰、丘少居魯、衣逢掖之衣、深衣也長居宋、冠商甫之冠、章甫商之冠名、宋殷後、故用此冠とあり。是其国俗に従ひ玉ふのゆゑ也。中庸曰、仲尼祖述堯舜、憲章文武、上律天時、下襲水土とは、如此の心なるべし。子曰、愚而好自用、賤而好自専、生乎今之世、反古之道、如此者、烖及其身者也との玉へり。孔子雖不欲拘時俗之弊、而も亦不敢不循時世之制れば也。衣服は威儀かゝる処也といへども、又人身を修むるには一端の小事なれば、唯水土風俗によつて其大本を改めしめて、自然に衣服の制までも古にかへる所あるべし。末に心を尽さんことは、君子の志に不有也
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史記 楚世家九年、若敖氏に相たり。人或いは之を王に讒す。誅せられんことを恐れ、反って王を攻む。王撃ちて若敖氏の族を滅ぼす。十三年、舒を滅ぼす。十六年、陳を伐ち、夏徴舒を殺す。徴舒其の君を弑す。故に之を誅するなり。已に陳を破り、即ち之を県とす。群臣皆賀す。申叔時斉に使ひして来たり、賀せず。王問ふ。対へて曰く、「鄙語に曰く、牛を牽きて人の田を徑(わた)れば、田主其の牛を取る、と。徑る者は則ち直からず。之が牛を取るは亦た甚だしからずや。且つ王陳の乱を以て諸侯を率ゐて之を伐つ。義を以て之を伐ちて其の県を貪る。亦た何を以て復た天下に令せん」と。荘王乃ち陳の後を復国す。十七年春、楚の荘王鄭を囲み、三月にして之に克つ。皇門より入る。鄭伯肉袒し羊を牽きて以て逆へて曰く、「孤天ならず、君に事ふること能はず。君用て怒りを懐き、以て敝邑に及ぶ。孤の罪なり。敢て惟だ命を是れ聴かざらんや。之を南海に賓(しりぞ)くるも、若しくは臣妾を以て諸侯に賜ふも、亦た惟だ命を是れ聴かん。若し君厲・宣・桓・武を忘れず、其の社稷を絶たず、改めて君に事へしめば、孤の願ひなり。敢て望む所に非ざるなり。敢て腹心を布く」と。楚の群臣曰く、「王許すこと勿かれ」と。荘王曰く、「其の君能く人に下る。必ず能く其の民を信用せん。庸ぞ絶つべけんや」と。荘王自ら旗を手にし、左右に軍を麾(さしまね)き、兵を引きて去ること三十里にして舎り、遂に之に平らぐことを許す。潘尪入りて盟ひ、子良出でて質たり。夏六月、晋鄭を救ひ、楚と戦ふ。大いに晋の師を河上に敗り、遂に衡雍に至りて帰る。二十年、宋を囲む。楚の使ひを殺せしを以てなり。宋を囲むこと五月、城中食尽き、子を易へて食らひ、骨を析きて炊ぐ。宋の華元出でて告ぐるに情を以てす。荘王曰く、「君子なるかな」と。遂に兵を罷めて去る。二十三年、荘王卒し、子の共王審立つ。共王の十六年、晋鄭を伐つ。鄭急を告ぐ。共王鄭を救ふ。晋の兵と鄢陵に戦ふ。晋楚を敗り、共王の目に射中つ。共王将軍子反を召す。
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『春秋左氏伝』哀公十四年 陳恒、簡公を弑す六月、左師巢をして之を伐たしむ。大夫を質として以て入らんと欲す。能はず。亦た曹に入りて質を取らんとす。魋曰く、「不可なり。既に君に事ふる能はず、又罪を民に得ば、將に之を若何せん」と。乃ち之を舍(ゆる)す。民遂に之に叛く。向魋衛に奔る。向巢來奔す。宋公之を止めしめて曰く、「寡人子と言有り。以て向氏の祀を絕つ可からず」と。辭して曰く、「臣の罪大なり。盡く桓氏を滅ぼすも可なり。若し先臣の故を以て、後有らしめば、君の惠なり。臣の若きは則ち以て入る可からず」と。司馬牛其の邑と珪とを致して、齊に適く。向魋衛の地に出づ。公文氏之を攻め、夏后氏の璜を求む。之に他の玉を與へて、齊に奔る。陳成子次卿と為さしむ。司馬牛又其の邑を致して、吳に適く。吳人之を惡みて反る。趙簡子之を召き、陳成子も亦た之を召く。魯の郭門の外に卒す。阬氏諸を丘輿に葬る。甲午、齊の陳恆其の君壬を舒州に弒す。孔丘三日齊(ものいみ)して、齊を伐たんことを請ふこと三たび。公曰く、「魯の齊の為に弱めらるること久し。子の之を伐つ、將に之を若何せん」と。對へて曰く、「陳恆其の君を弒す。民の與せざる者半ばなり。魯の眾を以て、齊の半ばに加へば、克つ可きなり」と。公曰く、「子季孫に告げよ」と。孔子辭す。退きて人に告げて曰く、「吾大夫の後に從ふを以てなり。故に敢へて言はずんばあらず」と。初め孟孺子洩將に馬を成に圉(か)はんとす。成の宰公孫宿受けずして曰く、「孟孫成の病なるが為に、焉に馬を圉はず」と。孺子怒り、成を襲ふ。從者入るを得ず。乃ち反る。成の有司使ひす。孺子之を鞭うつ。秋八月辛丑、孟懿子卒す。成人喪に奔る。內(い)れず。袒免して衢に哭し、共を聽かんとす。許さず。懼れて歸らず。

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