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回天詩史 / 蝦夷開拓の策・開拓の志と攘夷令の廃止

見於侯大是公之說。蓋侯沈鷙有智略。慮公之銳氣不可當。暫避其鋒耳。而公自信愈厚。有暇則按地圖審形勢。時或寓鷹獵。習身於祁寒霜雪。彪雖辱弱。嘗服先子之遺訓。加之以公之鼓舞作興。於是與二三同志之士。上下其議。慨然有投筆忘家之志者。十餘年一日也。四五年來訛言流行。以爲諳夷將護送我民漂泊夷地者。又淸國爲諳夷所侵。大取敗衂。其說益出於蘭夷。壬寅歲。幕府廢乙酉攘夷之令。用寬政文化之令。於是濱海之國。不得輒碎虜船。天下有志之士。索然而解體矣。公歎曰。天下之事不可爲也。若一國則不可不盡力。洒陳狀於幕府。謂封內民俗愚戇。而漁父釣丁尤甚。日布攘夷之令。猶恐或昵夷人於洋中。今廢其令。則貿易之姦決不可防。請暫沿乙酉之令。以全愚戇之民。幕府不能制也。公益脩武備。繕器械。新鑄大砲者若干。議者或諫以銃數過多。公哂而不應。蓋公之志在極北千里之外。不啻封內二十里之海港也。國中之人猶不能察公之遠略。則讒間之所由生。不爲亡謂矣。前月中閣老阿部勢州。詰我元老中山氏。以七事。其一則曰。公未絶蝦夷之念耶。由是觀之。公之大忠。所以來幕府之大疑。而蝦夷之事尤爲有司所忌可知也。嗚呼公屈萬里飛揚之志。幽處別邸小室之中。彪等亦不得探虎穴。而偃蹇於蝸廬之下。夫天未欲驅除醜虜乎。然則諳夷窺窬邊海者何日而攘。鄂虜蠶食北陲者曷時而遏。東照大猷二公之靈其謂之何。杞人嫠婦之憂。其可已哉。(五月廿七日廿八日錄)

新字:見於侯大是公之説。蓋侯沈鷙有智略。慮公之鋭気不可当。暫避其鋒耳。而公自信愈厚。有暇則按地図審形勢。時或寓鷹猟。習身於祁寒霜雪。彪雖辱弱。嘗服先子之遺訓。加之以公之鼓舞作興。於是与二三同志之士。上下其議。慨然有投筆忘家之志者。十余年一日也。四五年来訛言流行。以為諳夷将護送我民漂泊夷地者。又清国為諳夷所侵。大取敗衂。其説益出於蘭夷。壬寅歳。幕府廃乙酉攘夷之令。用寛政文化之令。於是浜海之国。不得輒砕虜船。天下有志之士。索然而解体矣。公嘆曰。天下之事不可為也。若一国則不可不尽力。洒陳状於幕府。謂封内民俗愚戇。而漁父釣丁尤甚。日布攘夷之令。猶恐或昵夷人於洋中。今廃其令。則貿易之姦決不可防。請暫沿乙酉之令。以全愚戇之民。幕府不能制也。公益脩武備。繕器械。新鋳大砲者若干。議者或諫以銃数過多。公哂而不応。蓋公之志在極北千里之外。不啻封内二十里之海港也。国中之人猶不能察公之遠略。則讒間之所由生。不為亡謂矣。前月中閣老阿部勢州。詰我元老中山氏。以七事。其一則曰。公未絶蝦夷之念耶。由是観之。公之大忠。所以来幕府之大疑。而蝦夷之事尤為有司所忌可知也。嗚呼公屈万里飛揚之志。幽処別邸小室之中。彪等亦不得探虎穴。而偃蹇於蝸廬之下。夫天未欲駆除醜虜乎。然則諳夷窺窬辺海者何日而攘。鄂虜蠶食北陲者曷時而遏。東照大猷二公之霊其謂之何。杞人嫠婦之憂。其可已哉。(五月廿七日廿八日録)

書き下し

侯に見ゆるに、侯大いに公の説を是とす。蓋し侯は沈鷙にして智略有り、公の鋭気の当たるべからざるを慮り、暫く其の鋒を避くるのみ。而るに公は自信愈々厚く、暇有れば則ち地図を按じて形勢を審らかにし、時に或いは鷹猟に寓して、身を祁寒霜雪に習はす。彪は懦弱なりと雖も、嘗て先子の遺訓に服し、加ふるに公の鼓舞作興を以てす。是に於いて二三の同志の士と、上下して其の議を為し、慨然として筆を投じ家を忘るるの志有る者、十余年一日なり。四五年来、訛言流行して、以為らく、諳夷将に我が民の夷地に漂泊する者を護送せんとす、と。又清国は諳夷の侵す所と為り、大いに敗衂を取る。其の説、益々蘭夷より出づ。壬寅の歳、幕府は乙酉の攘夷の令を廃し、寛政・文化の令を用ゐる。是に於いて濱海の国は輒ち虜船を砕くを得ず。天下有志の士、索然として解体す。公歎じて曰く、天下の事は為すべからざるなり。一国の若きは則ち力を尽くさざるべからず、と。洒ぎて状を幕府に陳べ、謂へらく、封内の民俗は愚戇にして、漁父・釣丁尤も甚だし。日々攘夷の令を布くも、猶ほ恐らくは或いは夷人に洋中に昵むを。今其の令を廃せば、則ち貿易の姦は決して防ぐべからず。請ふ、暫く乙酉の令に沿ひ、以て愚戇の民を全くせん、と。幕府は制する能はず。公は益々武備を脩め、器械を繕ひ、新たに大砲を鋳ること若干。議者或いは諫むるに銃数の過多なるを以てす。公は哂ひて応へず。蓋し公の志は極北千里の外に在り、啻に封内二十里の海港のみならざるなり。国中の人、猶ほ公の遠略を察する能はざるは、則ち讒間の由りて生ずる所、亡謂(いはれなし)と為さざるなり。前月中、閣老阿部勢州、我が元老中山氏を詰るに七事を以てす。其の一に曰く、公は未だ蝦夷の念を絶たざるか、と。是に由りて之を観れば、公の大忠、幕府の大疑を来す所以にして、蝦夷の事の尤も有司の忌む所たること知るべし。嗚呼、公は万里飛揚の志を屈し、別邸小室の中に幽処す。彪ら亦た虎穴を探る得ずして、蝸廬の下に偃蹇す。夫れ天は未だ醜虜を駆除せんと欲せざるか。然らば則ち諳夷の辺海を窺窬する者は何れの日にか攘はん。鄂虜の北陲を蠶食する者は曷れの時にか遏めん。東照・大猷二公の霊、其れ之を何と謂はんや。杞人嫠婦の憂ひ、其れ已むべけんや。(五月廿七日廿八日録す)

現代語訳

(老中の)侯に会うと、侯は公の説を大いに是としました。侯は沈着で猛禽のように鋭く、智略があり、公の鋭気が当たりがたいと考え、しばらくその鋒を避けただけでした。しかし公は自信をますます厚くし、暇があれば地図を調べて形勢を明らかにし、時に鷹狩りに寄せて、厳しい寒さや霜雪に身を慣らしました。私は懦弱ではありますが、かつて先子の遺訓に従い、さらに公の鼓舞と奮起の働きかけを受けました。そこで二、三の同志の士と、上下の立場を超えて議論し、慨然として筆を投げ、家を忘れる志をもつ者として、十余年を一日のごとく過ごしました。四、五年来、デマが流行して、イギリスが、わが民で異国の地に漂流した者を護送しようとしている、と言われました。また清国がイギリスに侵されて大敗を喫し、その説はますますオランダから出ています。壬寅の年(天保13年)、幕府は乙酉の攘夷の令を廃し、寛政・文化年間の令を用いることにしました。これにより、沿海の国々はみだりに異国船を砕くことができなくなりました。天下の志ある士は、がっかりして気持ちが解けてしまいました。公は嘆いて言いました。天下の事は、もはや為すことができない。一国についてだけは、力を尽くさなければならない、と。そこで公は、幕府に状を陳述して言いました。領内の民の風俗は愚直で、特に漁師や釣り人が甚だしい。毎日攘夷の令を布いても、洋上で夷人と親しむのではないかと恐れる。いまその令を廃せば、貿易の姦は決して防げない。しばらく乙酉の令に従い、愚直な民を守りたい、と。幕府は制止できませんでした。公はますます武備を整え、武器を修繕し、新しく大砲を若干鋳造しました。議論する者の中には、銃の数が多すぎると諫める者もいましたが、公は笑って応じませんでした。公の志は、極北千里の外にあり、領内二十里の海港だけではなかったのです。藩の人々が公の遠大な計略を察せられないことが、讒言が生じる原因となることは、理由のないことではありません。先月、老中の阿部勢州(正弘)は、わが元老の中山氏を七つの事で詰問しました。その一つに、公は蝦夷の念をまだ絶っていないのか、とありました。これによって見れば、公の大きな忠心が、幕府の大きな疑いを招く原因であり、蝦夷のことが役人に最も忌まれていることがわかります。ああ、公は万里に飛び立つ志を屈して、別邸の小さな部屋に幽居されています。私たちも虎穴を探ることができず、かたつむりの家のような住まいで気ままにしています。天はまだ醜い夷を駆除させようとは思っておられないのでしょうか。そうであれば、イギリスが辺海をうかがうのをいつ払い、ロシアが北の辺境を蚕食するのをいつ止められるのでしょう。東照・大猷の二公の霊は、これをどうお思いになるでしょう。杞人(空が落ちるのを憂えた人)や寡婦の憂いのようなこの心配を、やめることができるでしょうか。(五月二十七日・二十八日に記す)

解説

この章句では、国全体の方針が変わって志を失う同志が出ても、斉昭が一国の範囲では力を尽くすと決めた姿勢が描かれます。幕府は攘夷令を廃し、有志は意気消沈しましたが、公は自藩の範囲で備えを強化し続けました。周囲には遠大な計略が理解されず、讒言の原因にもなりました。原文は攘夷論の立場ですが、実践に置き換えれば、全社の方針が変わっても、自分の持ち場でできる最善を続ける姿勢です。同時に、遠い志は周囲に共有しなければ誤解されます。管理職は、目的と意図を部下に説明することが大切です。

この章句が説くこと

回天詩史藤田東湖攘夷令の廃止徳川斉昭持ち場で尽くす志の共有

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