価原 / 『価原』富人は商賈となり士農は遊手へ移る
但シカクカタムキシ勢ニ處スルニハ金持テルヨリヨキハナシ金ヲ持ツベキ様ハ乾沒ニシクハナシ此故ニ今ノ富人ハ十ニ九バ商賈ナリ其一ツモ外面ハ異ナル様ニテモ其實皆廢居ヲツトムコレニ織テ世ヲ渡ルニ易キハ游手也士農工ハ貧シキ者也利ヲ見テ趨リ害ヲ見テ避ルハ天下通態ナリ故ニ今ノ士農ハ本業ヲウタテニ思ヒナシ十ニ二三ハ工商ニウツリ十ニ三四ハ遊手ニ移ル移レバ從前ヨリハ生モ遂ゲ易キ程ニ日ヲ逐ヒ年ヲ逐ヒ農ヲ去ノ勢ヤマズ農減ズレバ財減ズ財減ズレバ國本薄シ是郡縣ノ籍年ヲ逐テ減ジ市肆ノ人日ニ隨テ增ス所ナリ
新字:但シカクカタムキシ勢ニ処スルニハ金持テルヨリヨキハナシ金ヲ持ツベキ様ハ乾没ニシクハナシ此故ニ今ノ富人ハ十ニ九バ商賈ナリ其一ツモ外面ハ異ナル様ニテモ其実皆廃居ヲツトムコレニ織テ世ヲ渡ルニ易キハ游手也士農工ハ貧シキ者也利ヲ見テ趨リ害ヲ見テ避ルハ天下通態ナリ故ニ今ノ士農ハ本業ヲウタテニ思ヒナシ十ニ二三ハ工商ニウツリ十ニ三四ハ遊手ニ移ル移レバ従前ヨリハ生モ遂ゲ易キ程ニ日ヲ逐ヒ年ヲ逐ヒ農ヲ去ノ勢ヤマズ農減ズレバ財減ズ財減ズレバ国本薄シ是郡県ノ籍年ヲ逐テ減ジ市肆ノ人日ニ随テ增ス所ナリ
書き下し
ただしかく傾きし勢いに処するには、金持てるよりよきはなし。金を持つべき様は、乾没にしくはなし。この故に今の富人は十に九は商賈なり。その一つも、外面は異なる様にても、その実みな廃居をつとむ。これに織りて世を渡るに易きは遊手なり。士農工は貧しき者なり。利を見て趨り、害を見て避くるは、天下の通態なり。故に今の士農は本業をうたてに思いなし、十に二三は工商に移り、十に三四は遊手に移る。移れば従前よりは生も遂げ易きほどに、日を逐い年を逐い農を去るの勢いやまず。農減ずれば財減ず。財減ずれば国本薄し。これ郡県の籍年を逐うて減じ、市肆の人日に随って増す所なり。
現代語訳
ただし、このように傾いた世の勢いに身を処するには、金を持つことにまさるものはない。金を持つ方法は、損得の勝負(乾没)にまさるものはない。このため、今の富む人は十人のうち九人は商人である。その一人も、外見は異なるようでも、実はみな売買の取引につとめている。これに続いて世を渡りやすいのは遊手(遊び歩く者)である。士農工は貧しい者である。利を見て走り、害を見て避けるのは、天下に通じる人の常である。このため、今の士や農は本業を疎ましく思いなし、十人のうち二、三人は工や商に移り、三、四人は遊手に移る。移れば、以前よりも暮らしを立てやすいので、日を追い年を追って農を去る勢いはやまない。農が減れば財が減る。財が減れば国の根本が薄くなる。これが、郡県の戸籍が年を追って減り、市中の人が日ごとに増える理由である。
解説

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