価原 / 『価原』六府三事と天下の至宝は何か
禹謨ニ德惟善政、政在養民、水火木金土穀惟修、正德利用厚生惟和、トイヘリ水火木金土穀コレヲ六府ト云正德利用厚生コレヲ三事ト云後世之治、千術萬法有トイヘドモ此六府三事ニ出ズ禹謨ニ水火木金土穀トイヘルヲ其後ハ穀ヲ土ニ合シテ五行トモ五材トモイヘリ天下ノ至寶トイフ者ハ此六府ナリ禹謨ノ後洪範ニ是ヲ五行ト謂テ箕子ノ所述始メテ禹謨ニ違ヒテ後世五行家ノ禍胎トハナレリ已ニ尚書ニ出タレバ後世ノ人コレヲ左右動スコトナラデ其後ノ歴歴方モ色色ノ曲説ヲ設ケテ調停セリサレド天地ノ條理ヲ取テ禹謨ト相照シテ是ヲ觀レバ箕子ノ誤傳掩フベカラズ古ノ聖人ト云者ハ天下ヲ有スル人ナリコレヲ王者ト云
新字:禹謨ニ徳惟善政、政在養民、水火木金土穀惟修、正徳利用厚生惟和、トイヘリ水火木金土穀コレヲ六府ト云正徳利用厚生コレヲ三事ト云後世之治、千術万法有トイヘドモ此六府三事ニ出ズ禹謨ニ水火木金土穀トイヘルヲ其後ハ穀ヲ土ニ合シテ五行トモ五材トモイヘリ天下ノ至宝トイフ者ハ此六府ナリ禹謨ノ後洪範ニ是ヲ五行ト謂テ箕子ノ所述始メテ禹謨ニ違ヒテ後世五行家ノ禍胎トハナレリ已ニ尚書ニ出タレバ後世ノ人コレヲ左右動スコトナラデ其後ノ歴歴方モ色色ノ曲説ヲ設ケテ調停セリサレド天地ノ条理ヲ取テ禹謨ト相照シテ是ヲ観レバ箕子ノ誤伝掩フベカラズ古ノ聖人ト云者ハ天下ヲ有スル人ナリコレヲ王者ト云
書き下し
禹謨に「徳は惟れ善政、政は民を養うに在り。水・火・木・金・土・穀惟れ修め、徳を正し用を利し生を厚くすること惟れ和す」と云えり。水・火・木・金・土・穀、これを六府と云う。正徳・利用・厚生、これを三事と云う。後世の治、千術万法有りといえども、この六府三事に出でず。禹謨に水火木金土穀といえるを、その後は穀を土に合して五行とも五材ともいえり。天下の至宝という者は、この六府なり。禹謨の後、洪範にこれを五行と謂いて、箕子の述ぶる所、始めて禹謨に違いて、後世五行家の禍胎とはなれり。已に尚書に出でたれば、後世の人これを左右に動かすことならで、その後の歴々方も色々の曲説を設けて調停せり。されど天地の条理を取りて禹謨と相照らしてこれを観れば、箕子の誤伝掩うべからず。古の聖人と云う者は、天下を有する人なり。これを王者と云う。
現代語訳
書経の大禹謨に、「徳とは善い政治のことであり、政治は民を養うことにある。水・火・木・金・土・穀がよく整い、徳を正しくし、器物を便利にし、暮らしを豊かにすることが調和する」とある。水・火・木・金・土・穀を六府といい、正徳・利用・厚生を三事という。後の世の政治には千の術、万の方法があるが、この六府三事から外れるものではない。大禹謨で水火木金土穀といっているものを、その後は穀を土に合わせて五行とも五材ともいうようになった。天下の最上の宝というのは、この六府のことである。大禹謨の後、洪範がこれを五行といい、箕子の述べたところが初めて大禹謨と食い違い、後世の五行家の災いの種となった。すでに尚書に載っている以上、後世の人はこれを動かすこともできず、その後の学者たちも、さまざまな無理な説を立てて取りつくろってきた。しかし天地の道理に照らして大禹謨と引き比べて見れば、箕子の伝え誤りは隠しようがない。昔の聖人というのは、天下を治める人である。これを王者という。
解説

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価原・『価原』得やすく足りやすい物こそ宝王者の材とする所は、水・火・木・金・土・穀なり。城郭・橋梁・屋壁・舟車・耒耜・釜甑・刀剣・陶瓦、百の器械、烹熟・煨炙・衣服・飲食、何れか五行の外に出ずる。これ天下の至宝にして、得やすく、塞やすく、足り易き者にして、必ずしも得難き者にあらず。得難き宝は宝にあらず。たとい連城の璧、十二乗を照らすとも、灯火の千家万家に満ちて照らすの功に比すれば、対用すべきにあらず。この故に、得難きの宝は、得ずしても済む者なり。得やすきの宝は、民生須臾も離るべからざる者なり。昔、人質朴にして奢靡文飾に走らざりし世は、これにて用足りたり。世移り俗変じて、次第に移り飾る世になりて、得易く塞易き者の財たるを忘れ、漫りに得難く給し難き者を求めて至宝と思えり。その至宝は無用の者にして、王者の宝は有用の者なり。
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価原・『価原』東坡の言と鉄を至宝とする理由一通りに考うれば、金銀少なければ世の中貧しく、金銀多ければ世の中ゆたかなる者かと思えども、然らず。ここにて得と天下の至宝は六府に過ぎざる事を察すべし。東坡いえる如く、「天をして珠を雨らしむとも、寒き者は以て襦と為すことを得ず。天をして玉を雨らしむとも、飢えたる者は以て粟と為すことを得ず」にて、金銀・瑠璃・硨磲・瑪瑙・琥珀など云いて、世には賞玩すれども、民用に何の益もなければ、王者これを宝とせず。この故に、古の王者は五官とて、水・火・木・金・土に各々その長を置きて治められしなり。金とは五金の総名なり。分かちて云えば金・銀・銅・鉛・鉄、合わせて云えば皆金なり。五金の内にては鉄を至宝とす。銅これに次ぐ、鉛これに次ぐ。如何となれば、鉄はその価廉にしてその用広し。民生一日も無くんば有るべからず。銅は器物の用あり、鉛は軍中の用あり。金銀は有れば有る処の用あれども、無くても先ず済む者なり。さる程に、余の金はこの方には遅く見え得れども、鉄は神代の昔より有りしと見えたり。
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価原・『価原』至宝を守り遊手を本業へ戻す心然ればこの至宝を少しにても天地の間に生殖し、少しにても天地の間に存し、民生生生の用を助くるほど、天に事うる務めはあらじ。ただ勢い偏にして、郡県に来歳凶饑の備えなく、都会には遊手貪り費やすの煩いありて、これを傷むの人に乏し。故に民の風に梳り雨に沐い、星に耕し露に耘りし膏血を、文彩・刻鏤・音声・技巧の用に貪り尽くし、その生ずる者をして悶でしめ、その費やす者をして播さしむ。意ある者、あに薬目して憂えざるべけんや。もしこれを憂うる人あらば、一郡一県を治めんにも、何とぞ人を一人にても農に返し、一人にても遊手を本業に本づかしめ、財貨他より入るの路を開き、器械他に求めざるべきこそ肝要なれ。一国を治むる人は、他国をもって壑とせざることを得ず。白圭と禹と、勢い同じからざることあり。
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価原・『価原』経済とは利用厚生正徳・陶冶と土鉄さる程に、国家に長として社稷を守るの人は、国家は祖宗の国家にして、社稷は民生の社稷、その一身を奉ずるがために非ざるを知るべし。天地の大徳を生といい、生の徳を害する者は、乃ち天地に悖るものなり。この故に漢書に「本に背きて末に趣き、食う者甚だ衆し、これ天下の大残なり。淫侈の俗、日日以て長ず、これ天下の大賊なり」とあり。人貴賤の隔てあれども、斉しく天地の子なれば、大人も小人も天に敬しみ事うるには隔てなし。天地の大徳を害するは、最も恐るべき事なり。然れば各々その分に応じ、残を防ぎ賊を戒むべきことなり。その事、乃ち経済なり、廼ち利用・厚生・正徳なり。されば利用厚生に何程よき道を得ても、己が徳を正さざれば、令する所、好む所に反すれば、民従わざる習いにて、礼譲廉恥の風を起こす、いかなる良図善謀ありても、これを起こすに従って、下吏諸有司、金設けの趣向となり、これを餌として悪徒財を釣り、人を虐げ、今までなき害など引き出し、功ならざるのみか、世の笑いとはなり侍る。この故に三事は、利用を初めとし、厚生を本とし、正徳を主とす。徳正しき時は、人感化す。その指揮、水の壑に赴くがごとし。何れの事かならざらん。君は即ち陶冶なり。下は則ち土鉄なり。その器をなし用をなさんことは、全く陶冶の手中にあり。
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『弁名』陰陽五行五行は始めて虞書に見ゆ。水火金木土穀、之を六府と謂ふ。是れ地上の六物を言ふなり。利用厚生の道、用ふる所の材は、是の六者を出でず。然れども五行の名は、則ち洪範に至りて始めて之れ有り。曰く、「一に五行。一に曰く水、二に曰く火、三に曰く木、四に曰く金、五に曰く土。水は潤下と曰ひ、火は炎上と曰ひ、木は曲直と曰ひ、金は従革と曰ひ、土は爰に稼穡す。潤下は鹹を作し、炎上は苦を作し、曲直は酸を作し、従革は辛を作し、稼穡は甘を作す」と。
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尚書・大禹謨水・火・金・木・土・穀、惟れ修まり、正徳・利用・厚生、惟れ和す。九功惟れ敘(つい)で、九敘惟れ歌ふ。之を戒むるに休(よろこび)を用ひ、之を董(ただ)すに威を用ひ、之を勧むるに九歌を以てし、壊(やぶ)ること勿(な)からしめよ」と。帝曰く、「俞(しか)り。地平らかに天成り、六府三事允(まこと)に治まり、万世永く頼る、時(こ)れ乃(なんぢ)の功なり」と。帝曰く、「格(きた)れ、汝禹。朕帝位に宅(を)ること三十有三載、耄期(ばうき)にして勤むるに倦む。汝惟れ怠らず、朕が師を総(す)べよ」と。禹曰く、「朕が徳克(よ)くせず、民依らず。皐陶は邁(つと)めて徳を種(し)き、徳乃ち降り、黎民之に懐(なつ)く。帝念へや。茲(これ)を念ふも茲に在り、茲を釈(す)つるも茲に在り、名言するも茲に在り、允に出だすも茲に在り。惟れ帝功を念へ」と。帝曰く、「皐陶よ、惟れ茲の臣庶、予が正を干(をか)すこと或る罔(な)し。汝士と作りて、五刑に明らかにし、以て五教を弼(たす)け、予が治に期す。