酔古堂剣掃 / 集靈・一言を出だして之を解救す
士君子貧不能濟物者,遇人癡迷處,出一言提醒之;遇人急難處,出一言解救之,亦是無量功德。
新字:士君子貧不能済物者,遇人痴迷処,出一言提醒之;遇人急難処,出一言解救之,亦是無量功徳。
書き下し
士君子の貧にして物を濟ふ能はざる者も、人の癡迷の處に遇はば、一言を出だして之を提醒し、人の急難の處に遇はば、一言を出だして之を解救せば、亦た是れ無量の功德なり。
現代語訳
立派な人物で、貧しくて財物で人を救うことのできない者でも、人が愚かに迷っているところに出会えば一言かけて目を覚まさせ、人が差し迫った難儀にあっているところに出会えば一言かけて救ってやるなら、それもまた計り知れない功徳です。
解説
お金がなくても人を助ける道はあると説いた一則です。済物は財物で人を救うこと、提醒は注意を促して目を覚まさせること、解救は困難から救い出すことです。無量功徳は仏教の言葉で、はかりしれない善行の報いを言います。菜根譚にもほぼ同じ句があります。人助けというと寄付や援助を思い浮かべがちですが、迷っている人への的確な助言や、窮地にある人へのひと声が、ときに何よりの支えになります。立場や資力がなくても、言葉ひとつで誰かの力になれることを思い出させてくれます。
この章句が説くこと
功徳言葉処世仁菜根譚
関連する章句
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『酔古堂剣掃』集法・一言を出だして之を提醒す土君子貧にして物を濟ふこと能はざる者も、人の癡迷する處に遇へば、一言を出だして之を提醒し、人の急難の處に遇へば、一言を出だして之を解救す、亦た是れ無量の功德なり。
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『正法眼蔵随聞記』巻一雑話の次でに云く、世間の男女老少多く交会姪色等の事を談ず、是を以て心を慰むるとし、興言とすることあり、一旦意をも遊戯し、徒然も慰むるに似たりと云ふとも、僧はもつとも禁断すべきことなり、俗猶よき人、まことしき人の、礼儀をも存じ、げにげにしき談の時、出来らざることなり、只乱酔放逸なる時の談なり、況や僧は専ら仏道を思ふべし、雑語は希有異体の乱僧の云ふことなり、
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