家道訓 / 巻之六・用財下
一貧窮にして、其うれひたへがたしといへども、よく貧をこらへて、習ひ熟すればくるしみなし。凡の事、なるゝとなれざるによりて、苦み樂みあり。一堯の時八年の洪水あり。湯王の時七年の旱ありて、野に靑草なかりしかども、民うゑず、道に乞ふ人なかりしは、かねて蓄あればなり。士庶人のいやしき家、たくはへなくんばあるべからず。人家には不意の變あり。財のたくはへなければ、俄に變にあひてはすべきやうなし。かねてより早く變に備ふるはかりごとを爲すべし。
新字:一貧窮にして、其うれひたへがたしといへども、よく貧をこらへて、習ひ熟すればくるしみなし。凡の事、なるゝとなれざるによりて、苦み楽みあり。一堯の時八年の洪水あり。湯王の時七年の旱ありて、野に青草なかりしかども、民うゑず、道に乞ふ人なかりしは、かねて蓄あればなり。士庶人のいやしき家、たくはへなくんばあるべからず。人家には不意の変あり。財のたくはへなければ、俄に変にあひてはすべきやうなし。かねてより早く変に備ふるはかりごとを為すべし。
書き下し
一貧窮にして、其うれひたへがたしといへども、よく貧をこらへて、習ひ熟すればくるしみなし。凡の事、なるるとなれざるによりて、苦み楽みあり。一堯の時八年の洪水あり。湯王の時七年の旱ありて、野に青草なかりしかども、民うゑず、道に乞ふ人なかりしは、かねて蓄あればなり。士庶人のいやしき家、たくはへなくんばあるべからず。人家には不意の変あり。財のたくはへなければ、俄に変にあひてはすべきやうなし。かねてより早く変に備ふるはかりごとを為すべし。
現代語訳
貧窮していて、その憂いが耐えがたいといっても、よく貧しさをこらえて習い慣れれば苦しみはありません。およそ何事も、慣れるか慣れないかによって、苦しみや楽しみがあるのです。堯の時代には八年の洪水があり、湯王の時代には七年の日照りがあって、野に青草もなかったけれども、民は飢えず、道で物乞いをする人もいなかったのは、前もって蓄えがあったからです。士や庶民の身分の低い家でも、蓄えがなくてはいけません。人の家には思いがけない変事があります。財の蓄えがなければ、急に変事に遭ってはどうしようもありません。前もって早く変事に備える計画を立てなさい。
解説
この章句が説くこと
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『正法眼蔵随聞記』巻三爾りしこのかた、天竺漢土の祖師の、よきと人にも知られしは、みな貧窮乞食なさしめ給ふなり、況や我が門の祖師、皆な財宝を貯ふべからずとのみ勧むるなり、教家にも此宗を讃するには、先つ貧をほめ、伝来の書録にも貧を記してほむるなり、いまた財宝に富み、豊かにして仏法を行するとは聞かず、皆よき仏法者と云ふは、或は布納衣常乞食なり、禅門をよき宗と云ひ、禅僧を他に異なりとする初の興りは、むかし教院律院等に雑居せし時にも、身を捨てゝ貧人なるを以てなり、宗門の家風先つ此のことを存知すへし、聖教の文理を待つべきにあらす、
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