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家道訓 / 巻之六・用財下

一財祿はかぎりあり、私欲はかぎりなし。かぎりなき欲にまかせては、必ず財つきて困窮す。富める人も貧しき人も儉約にて、物ごとに嗜慾をこらへ、酒食衣服家居など、よろづの用、我が身上よりかろくうすくすると見ゆるが、理にかなひて能きほどなるべし。殊に貧家はかくの如くにして、やうやう我が得る所の財祿を用ひつくして、あまりなく不足なし。不足なければ、小祿の家も人に借り求むるに及ばず。然るに、萬の身の俸養分限に過ぎて、心にまかせぬれば、富家といへども後は財不足し、みづからくるしむのみならず、人の妨となり、一生の苦み、子孫の不幸となる。貧家は、人にほどこし貧窮をすくふほどこそなくとも、せめて人の妨とならざるべし。

新字:一財禄はかぎりあり、私欲はかぎりなし。かぎりなき欲にまかせては、必ず財つきて困窮す。富める人も貧しき人も倹約にて、物ごとに嗜慾をこらへ、酒食衣服家居など、よろづの用、我が身上よりかろくうすくすると見ゆるが、理にかなひて能きほどなるべし。殊に貧家はかくの如くにして、やうやう我が得る所の財禄を用ひつくして、あまりなく不足なし。不足なければ、小禄の家も人に借り求むるに及ばず。然るに、万の身の俸養分限に過ぎて、心にまかせぬれば、富家といへども後は財不足し、みづからくるしむのみならず、人の妨となり、一生の苦み、子孫の不幸となる。貧家は、人にほどこし貧窮をすくふほどこそなくとも、せめて人の妨とならざるべし。

書き下し

一財禄はかぎりあり、私欲はかぎりなし。かぎりなき欲にまかせては、必ず財つきて困窮す。富める人も貧しき人も倹約にて、物ごとに嗜慾をこらへ、酒食衣服家居など、よろづの用、我が身上よりかろくうすくすると見ゆるが、理にかなひて能きほどなるべし。殊に貧家はかくの如くにして、やうやう我が得る所の財禄を用ひつくして、あまりなく不足なし。不足なければ、小禄の家も人に借り求むるに及ばず。然るに、万の身の俸養分限に過ぎて、心にまかせぬれば、富家といへども後は財不足し、みづからくるしむのみならず、人の妨となり、一生の苦み、子孫の不幸となる。貧家は、人にほどこし貧窮をすくふほどこそなくとも、せめて人の妨とならざるべし。

現代語訳

財禄には限りがありますが、私欲には限りがありません。限りない欲に任せては、必ず財が尽きて困窮します。富んだ人も貧しい人も倹約して、何事にも好みの欲をこらえ、酒食・衣服・住まいなど、あらゆる用を、自分の身上より軽く薄くしていると見えるくらいが、理にかなってちょうどよいのです。とくに貧しい家はこのようにして、ようやく自分の得る財禄を使い切って、余りもなく不足もありません。不足がなければ、禄の少ない家でも人に借りるには及びません。それなのに、あらゆる身の養いを分限を超えて心のままにすれば、富んだ家でものちには財が不足し、自ら苦しむだけでなく、人の妨げとなり、一生の苦しみ、子孫の不幸となります。貧しい家は、人に施して貧窮を救うほどではなくても、せめて人の妨げとならないようにしなさい。

解説

「財祿はかぎりあり、私欲はかぎりなし」という対句で始まる、倹約論の要の一条です。限りある収入で限りない欲を満たそうとすれば、破綻は避けられません。益軒は、暮らしの水準を自分の身上より一段軽くしてちょうどよいと、具体的な目安まで示しています。収入いっぱいに使うのではなく、少し下で暮らせば余裕が生まれるというのは、今の家計管理でいう「先取り貯蓄」や生活水準を上げすぎない工夫と同じ発想です。人助けができなくても、せめて人の迷惑にならないという結びも現実的です。

この章句が説くこと

欲倹約分限財家計

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