家道訓 / 巻之二・総論中
其の上、吾に十分理ありとおもへど、又彼に理ある事あり。われのみ理ありとおもふべからず。我が身には私あるゆゑ、非をも理と思ひあやまることあり。一偏に思ふべからず。もし彼に理あるをしらで訟ふるは我が恥なり。又訟をきく人、人ごとに必ず賢明ならず。きゝあやまりて是を非とし非を是とし、或はかた口を聞きて信じ、聞きあやまる事多し。又親類權貴の人に賴まれ、或は賄賂に耽りて私する事、古來其例すくなからず。されば如何なる正直の人、道理明白にして、證據分明なれども、終に其理を得ずして本意をとげず、却てとがにおち入ること多し。吾に理あるをたのむべからず。已む事を得ば訟をなすべからず。十分に我に理ありとも堪忍すべし。もし已む事を得ざることありて訟へば、只其の一事のみ言ひことわりて、其人の他の惡事を、ことばにあらはすべからず。
新字:其の上、吾に十分理ありとおもへど、又彼に理ある事あり。われのみ理ありとおもふべからず。我が身には私あるゆゑ、非をも理と思ひあやまることあり。一偏に思ふべからず。もし彼に理あるをしらで訟ふるは我が恥なり。又訟をきく人、人ごとに必ず賢明ならず。きゝあやまりて是を非とし非を是とし、或はかた口を聞きて信じ、聞きあやまる事多し。又親類権貴の人に頼まれ、或は賄賂に耽りて私する事、古来其例すくなからず。されば如何なる正直の人、道理明白にして、証拠分明なれども、終に其理を得ずして本意をとげず、却てとがにおち入ること多し。吾に理あるをたのむべからず。已む事を得ば訟をなすべからず。十分に我に理ありとも堪忍すべし。もし已む事を得ざることありて訟へば、只其の一事のみ言ひことわりて、其人の他の悪事を、ことばにあらはすべからず。
書き下し
其の上、吾に十分理ありとおもへど、又彼に理ある事あり。われのみ理ありとおもふべからず。我が身には私あるゆゑ、非をも理と思ひあやまることあり。一偏に思ふべからず。もし彼に理あるをしらで訟ふるは我が恥なり。又訟をきく人、人ごとに必ず賢明ならず。ききあやまりて是を非とし非を是とし、或はかた口を聞きて信じ、聞きあやまる事多し。又親類権貴の人に頼まれ、或は賄賂に耽りて私する事、古来其例すくなからず。されば如何なる正直の人、道理明白にして、証拠分明なれども、終に其理を得ずして本意をとげず、却てとがにおち入ること多し。吾に理あるをたのむべからず。已む事を得ば訟をなすべからず。十分に我に理ありとも堪忍すべし。もし已む事を得ざることありて訟へば、只其の一事のみ言ひことわりて、其人の他の悪事を、ことばにあらはすべからず。
現代語訳
そのうえ、自分に十分理があると思っても、また相手にも理があることがあります。自分だけに理があると思ってはいけません。自分の身には私心があるので、非をも理と思い誤ることがあります。一方に偏って思ってはいけません。もし相手に理があることを知らずに訴えるのは、自分の恥です。また訴えを聞く人も、人ごとに必ず賢明ではありません。聞き誤って是を非とし、非を是とし、あるいは片方の言い分を聞いて信じ、聞き誤ることが多いのです。また親類や権力者に頼まれ、あるいは賄賂に溺れて私をすることも、昔からその例は少なくありません。ですから、どれほど正直な人で、道理が明白で証拠がはっきりしていても、ついにその理を得られず本意を遂げず、かえって罪に陥ることが多いのです。自分に理があることを頼みにしてはいけません。できることなら訴訟をしてはいけません。十分に自分に理があっても堪忍すべきです。もしやむを得ないことがあって訴えるなら、ただその一事だけを申し立てて、その人のほかの悪事を言葉に出してはいけません。
解説
この章句が説くこと
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