家道訓 / 巻之二・総論中
一家人は、かねて禮義を正しくして、惡事をふせぎいましむべし。惡事出來てのちいましむるはおそし。禮は未然をふせぐ、法は已然にいましむといへり。未然は、いまだ事出來ざる前なり。已然は、すでに事出來て後なり。禮は、たとへば無病の時よく養生するが如し。病なき時よく養生すれば病おこらず。法は、病おこりて後藥をのむがごとし。病おこりて藥を服せんより、無病の時よく養生すれば病なし。
新字:一家人は、かねて礼義を正しくして、悪事をふせぎいましむべし。悪事出来てのちいましむるはおそし。礼は未然をふせぐ、法は已然にいましむといへり。未然は、いまだ事出来ざる前なり。已然は、すでに事出来て後なり。礼は、たとへば無病の時よく養生するが如し。病なき時よく養生すれば病おこらず。法は、病おこりて後薬をのむがごとし。病おこりて薬を服せんより、無病の時よく養生すれば病なし。
書き下し
一家人は、かねて礼義を正しくして、悪事をふせぎいましむべし。悪事出来てのちいましむるはおそし。礼は未然をふせぐ、法は已然にいましむといへり。未然は、いまだ事出来ざる前なり。已然は、すでに事出来て後なり。礼は、たとへば無病の時よく養生するが如し。病なき時よく養生すれば病おこらず。法は、病おこりて後薬をのむがごとし。病おこりて薬を服せんより、無病の時よく養生すれば病なし。
現代語訳
家の者は、前もって礼儀を正しくして、悪事を防ぎ戒めるべきです。悪事が起きてから戒めるのは遅いのです。「礼はまだ起きない前に防ぎ、法はすでに起きた後に戒める」と言います。未然とは、まだ事が起きない前です。已然とは、すでに事が起きた後です。礼は、たとえば病のないときによく養生するようなものです。病のないときによく養生すれば、病は起こりません。法は、病が起こってから薬を飲むようなものです。病が起こって薬を飲むより、病のないときによく養生すれば病はありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』内篇・應務・責むるは太だ盡くす可からず人情は天下古今の同じき所なり。聖人は其の肆なるを防ぎ、特に之が為に中を立てて以て之を的とす。故に法を立つるは太だ極む可からず、禮を制するは太だ嚴なる可からず、人を責むるは太だ盡くす可からず。然る後に以て同じく道に歸す可し。然らずんば、是れ之を驅りて畔かしむるなり。
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司馬法・天子之義軍に在りては抗して立ち、行に在りては遂(すす)みて果たし、介者は拝せず、兵車は式せず、城上は趨らず、危事は歯(よわい)せず。故に礼と法とは表裏なり。文と武とは左右なり。古は、賢王民の徳を明らかにし、民の善を尽くす、故に廃徳無く、簡民無く、賞は生ずる所無く、罰は試みる所無し。有虞氏は賞せず罰せずして民用うべし、至徳なり。夏は賞して罰せず、至教なり。殷は罰して賞せず、至威なり。周は賞罰を以てす、徳衰うるなり。
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『五常訓』巻之四・礼一礼は未発にいましむ。人の情慾の、いまだ起らざる先に、早く戒むれば、邪悪にいたらず。故に礼の教は、目に見えぬ所に、大に益ありて、日々に善にうつり、罪に遠ざかりて、みづから知らず。是礼のたふとぶべき所なり。法は既に悪事いで来て、後に禁ず。其しるし目に見えて、其益少しなり。男女の別ありて、礼法正しければ、淫乱にいたらず。凡淫乱は、必初に礼法なきよりおこる。若き子弟のともがら、早く礼を教へ、内外の別きびしければ、かかる悪事におもむかず。朋友の交、礼ありて敬へば、諍闘に至らず。凡闘諍は、必無礼よりおこる。君は臣をつかふに礼あれば、そむき離るるにいたらず。礼の、人に益あること、かくの如し。故に礼の教は本なり。法のいましめは末なり。たとへば無病の時、身をつつしめば、病おこらず。病おこりて、薬をのみ、灸をするは、末なり。邵子の詩に、病後能く薬を服せんより、病前よくみづから防がんにはしかじと云へるが如し。又人家に、火災出来たる時、力をつくして防がんよりは、兼て火用心きびしければ、火災なきが如し。
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