家道訓 / 巻之二・総論中
一いにしへの諺に曰、不癡不聾不爲家翁。言ふこゝろは、家の主となる者は、家人の過あるを堪忍して、愚なるやうにあるべし。かしこだてして明察にすぐれば、家人くるしみて家をさまらず。又家人の、人の惡を告ぐることをとりあげて、聞き用ふべからず。耳聞かざるがごとくなるべし。かくのごとくならざれば、家の主人となりがたし。此ことわざ、よく心得べし。大かたは知らずがほにて過ぐすは、わざはひなし。是智者のすることなり。殊に、小人婦人の言ふことを信ずれば、必ずあやまる。是を聞きて信ずるは愚なり。かゝる知なき者にたぶらかさるゝは、まことにあさまし。よく心を用ふべし。
新字:一いにしへの諺に曰、不痴不聾不為家翁。言ふこゝろは、家の主となる者は、家人の過あるを堪忍して、愚なるやうにあるべし。かしこだてして明察にすぐれば、家人くるしみて家をさまらず。又家人の、人の悪を告ぐることをとりあげて、聞き用ふべからず。耳聞かざるがごとくなるべし。かくのごとくならざれば、家の主人となりがたし。此ことわざ、よく心得べし。大かたは知らずがほにて過ぐすは、わざはひなし。是智者のすることなり。殊に、小人婦人の言ふことを信ずれば、必ずあやまる。是を聞きて信ずるは愚なり。かゝる知なき者にたぶらかさるゝは、まことにあさまし。よく心を用ふべし。
書き下し
一いにしへの諺に曰く、痴ならず聾ならざれば家翁と為らず。言ふこころは、家の主となる者は、家人の過あるを堪忍して、愚なるやうにあるべし。かしこだてして明察にすぐれば、家人くるしみて家をさまらず。又家人の、人の悪を告ぐることをとりあげて、聞き用ふべからず。耳聞かざるがごとくなるべし。かくのごとくならざれば、家の主人となりがたし。此ことわざ、よく心得べし。大かたは知らずがほにて過ぐすは、わざはひなし。是智者のすることなり。殊に、小人婦人の言ふことを信ずれば、必ずあやまる。是を聞きて信ずるは愚なり。かかる知なき者にたぶらかさるるは、まことにあさまし。よく心を用ふべし。
現代語訳
昔の諺に「愚かでも耳が遠くもなければ、一家の主人にはなれない」とあります。その意味は、家の主となる者は、家の者の過ちを堪忍して、愚かであるかのようにしているべきだということです。賢ぶって明察に過ぎれば、家の者が苦しんで家は治まりません。また家の者が人の悪を告げることを取り上げて、聞き用いてはいけません。耳が聞こえないかのようであるべきです。このようでなければ、家の主人にはなりにくいのです。この諺をよく心得るべきです。たいていは知らない顔をして過ごすのが、災いのない道です。これは智者のすることです。とりわけ、小人や女性の言うことを信じれば、必ず誤ります。これを聞いて信じるのは愚かです。このような知恵のない者にだまされるのは、まことにあさましいことです。よく心を用いるべきです。
解説
この章句が説くこと
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