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家道訓 / 巻之一・総論上

一家の主は、つねに仁愛にして、善を行ふを以て樂みとしつとむべし。餘財あらば、兄弟親戚の貧窮をにぎはし、朋友の乏しきを助け、わが采地の農人の饑寒をすくひ、わが家に久しく來れる貧困なる者にほどこし、窮民のより所なき者あらば、我がちからに隨ひてすくふべし。乞人の内にて、老人病者畸人、殊に盲蹇瘡老いて子なく、幼くして父なき者、養はるべき親族なくて、みづから食を求めかね、せんかたなくて乞人となる者あり。是皆窮民のより所なき人なり。あはれむべし。かゝる急難なる者あらば、ちからの及ぶほどは、すくひめぐむべし。餓ゑたる者はやしなひやすし。かくのごとく人をすくひ善をすることは、人間世の最樂むべきことなり。心を用ふべし。

新字:一家の主は、つねに仁愛にして、善を行ふを以て楽みとしつとむべし。余財あらば、兄弟親戚の貧窮をにぎはし、朋友の乏しきを助け、わが采地の農人の饑寒をすくひ、わが家に久しく来れる貧困なる者にほどこし、窮民のより所なき者あらば、我がちからに随ひてすくふべし。乞人の内にて、老人病者畸人、殊に盲蹇瘡老いて子なく、幼くして父なき者、養はるべき親族なくて、みづから食を求めかね、せんかたなくて乞人となる者あり。是皆窮民のより所なき人なり。あはれむべし。かゝる急難なる者あらば、ちからの及ぶほどは、すくひめぐむべし。餓ゑたる者はやしなひやすし。かくのごとく人をすくひ善をすることは、人間世の最楽むべきことなり。心を用ふべし。

書き下し

一家の主は、つねに仁愛にして、善を行ふを以て楽みとしつとむべし。余財あらば、兄弟親戚の貧窮をにぎはし、朋友の乏しきを助け、わが采地の農人の饑寒をすくひ、わが家に久しく来れる貧困なる者にほどこし、窮民のより所なき者あらば、我がちからに随ひてすくふべし。乞人の内にて、老人病者畸人、殊に盲蹇瘡老いて子なく、幼くして父なき者、養はるべき親族なくて、みづから食を求めかね、せんかたなくて乞人となる者あり。是皆窮民のより所なき人なり。あはれむべし。かかる急難なる者あらば、ちからの及ぶほどは、すくひめぐむべし。餓ゑたる者はやしなひやすし。かくのごとく人をすくひ善をすることは、人間世の最楽むべきことなり。心を用ふべし。

現代語訳

家の主は常に仁愛の心を持ち、善を行うことを楽しみとして努めるべきです。余った財があれば、兄弟や親戚の貧窮を賑わし、朋友の乏しいのを助け、自分の知行地の農民の飢えと寒さを救い、自分の家に長く出入りしている貧しい者に施し、寄る辺のない窮民がいれば、自分の力に応じて救うべきです。物乞いの中には、老人・病人・体の不自由な人、とりわけ目や足の不自由な人、できものを病む人、老いて子がなく、幼くして父がなく、養ってくれる親族もなく、自分で食を求めることもできず、どうしようもなくて物乞いとなる者がいます。これは皆、寄る辺のない窮民です。あわれむべきです。このような急難の者がいれば、力の及ぶ限り救い恵むべきです。飢えた者は養いやすいのです。このように人を救い善をすることは、人の世でもっとも楽しむべきことです。心を用いるべきです。

解説

余った財で親戚や友人、領地の農民、出入りの貧しい者、そして寄る辺のない窮民を救うよう説いています。老いて子のない者、幼くして父のない者など、自力で生きられない人々を具体的に挙げているのは、孟子梁恵王下篇の鰥寡孤独の考えにつながります。「飢ゑたる者は養ひやすし」とは、困窮の極みにある人には少しの助けが大きな意味を持つということでしょう。人を救うことを義務ではなく人生の最上の楽しみと言い切るところに、益軒の人柄が表れています。

この章句が説くこと

仁愛施し窮民善楽しみ

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