家道訓 / 巻之一・総論上
年をへて久しく行へば、其の善つもりて大なり。樂しむべし。貧しき人すら斯くの如くなるべし。况や富める人をや。富みて財あまりある人は、天道みてるを虧く理なれば、人にほどこさずして、財を多くあつめおけるは、後は必ずわざはひ出來て、財をうしなひ、子孫に其の財をのこしがたし。財多き人は、尤父母にあつくし、親戚朋友の乏しきをにぎはし、貧しき人をたすけ、飢寒をすくひて廣く人を愛し、善を行ふべし。夫人をすくひたすくるは天の好み給ふ所、天道は善にさいはひし給ふ理なれば、かくの如くひろく人を愛すること久しくば、天のよろこび給ふことふかくして、福をうくることうたがひなかるべし。天道は還すことをこのむといへり。善を行へば天よりさいはひを下し、惡を行へば天よりわざはひを下し給ふ。
新字:年をへて久しく行へば、其の善つもりて大なり。楽しむべし。貧しき人すら斯くの如くなるべし。況や富める人をや。富みて財あまりある人は、天道みてるを虧く理なれば、人にほどこさずして、財を多くあつめおけるは、後は必ずわざはひ出来て、財をうしなひ、子孫に其の財をのこしがたし。財多き人は、尤父母にあつくし、親戚朋友の乏しきをにぎはし、貧しき人をたすけ、飢寒をすくひて広く人を愛し、善を行ふべし。夫人をすくひたすくるは天の好み給ふ所、天道は善にさいはひし給ふ理なれば、かくの如くひろく人を愛すること久しくば、天のよろこび給ふことふかくして、福をうくることうたがひなかるべし。天道は還すことをこのむといへり。善を行へば天よりさいはひを下し、悪を行へば天よりわざはひを下し給ふ。
書き下し
年をへて久しく行へば、其の善つもりて大なり。楽しむべし。貧しき人すら斯くの如くなるべし。況や富める人をや。富みて財あまりある人は、天道みてるを虧く理なれば、人にほどこさずして、財を多くあつめおけるは、後は必ずわざはひ出来て、財をうしなひ、子孫に其の財をのこしがたし。財多き人は、尤父母にあつくし、親戚朋友の乏しきをにぎはし、貧しき人をたすけ、飢寒をすくひて広く人を愛し、善を行ふべし。夫人をすくひたすくるは天の好み給ふ所、天道は善にさいはひし給ふ理なれば、かくの如くひろく人を愛すること久しくば、天のよろこび給ふことふかくして、福をうくることうたがひなかるべし。天道は還すことをこのむといへり。善を行へば天よりさいはひを下し、悪を行へば天よりわざはひを下し給ふ。
現代語訳
年を経て長く行えば、その善は積もって大きくなります。楽しむべきです。貧しい人でさえこのようであるべきです。まして富んだ人はなおさらです。富んで財の余りある人は、天の道が満ちたものを欠く理なので、人に施さずに財を多く集めておけば、後には必ず災いが起こって財を失い、子孫にその財を残すことは難しいのです。財の多い人は、とりわけ父母に厚くし、親戚や朋友の乏しいのを賑わし、貧しい人を助け、飢えや寒さを救って広く人を愛し、善を行うべきです。そもそも人を救い助けるのは天の好まれるところで、天の道は善に幸いを与えられる理なので、このように広く人を愛することが久しければ、天の喜ばれることは深く、福を受けることは疑いないでしょう。「天の道は還すことを好む」と言います。善を行えば天から幸いを下し、悪を行えば天から災いを下されます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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