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家道訓 / 巻之一・総論上

一凡、家ををさむるに、まづ父子兄弟夫婦の三親をあつくすべし。古語に、父子したしみ兄弟和し、夫婦正しきは家の肥えたるなりといへり。もし三親和せずんば、富めりといへども家のやせたるなり。一凡家にありて家人にまじはるには、善を行ひて惡をいましむる、是を要とす。善を行はざれば人の道たゝず。善を行ふには愛敬を本とすべし。愛とは、人をあはれみておろそかにせざるなり。敬とは、人をうやまひてあなどらざるなり。此の二は、凡人倫にまじはりて、善を行ふ心法なり。善をするは愛敬の外になし。父母を愛敬するを本として、兄弟夫婦親戚下人に對するも皆然るべし。各其人の品によりて愛敬すべし。うとけれどもおろそかにすべからず。是愛なり。賤しけれども侮るべからず。是敬なり。

新字:一凡、家ををさむるに、まづ父子兄弟夫婦の三親をあつくすべし。古語に、父子したしみ兄弟和し、夫婦正しきは家の肥えたるなりといへり。もし三親和せずんば、富めりといへども家のやせたるなり。一凡家にありて家人にまじはるには、善を行ひて悪をいましむる、是を要とす。善を行はざれば人の道たゝず。善を行ふには愛敬を本とすべし。愛とは、人をあはれみておろそかにせざるなり。敬とは、人をうやまひてあなどらざるなり。此の二は、凡人倫にまじはりて、善を行ふ心法なり。善をするは愛敬の外になし。父母を愛敬するを本として、兄弟夫婦親戚下人に対するも皆然るべし。各其人の品によりて愛敬すべし。うとけれどもおろそかにすべからず。是愛なり。賤しけれども侮るべからず。是敬なり。

書き下し

一凡、家ををさむるに、まづ父子兄弟夫婦の三親をあつくすべし。古語に、父子したしみ兄弟和し、夫婦正しきは家の肥えたるなりといへり。もし三親和せずんば、富めりといへども家のやせたるなり。一凡家にありて家人にまじはるには、善を行ひて悪をいましむる、是を要とす。善を行はざれば人の道たたず。善を行ふには愛敬を本とすべし。愛とは、人をあはれみておろそかにせざるなり。敬とは、人をうやまひてあなどらざるなり。此の二は、凡人倫にまじはりて、善を行ふ心法なり。善をするは愛敬の外になし。父母を愛敬するを本として、兄弟夫婦親戚下人に対するも皆然るべし。各其人の品によりて愛敬すべし。うとけれどもおろそかにすべからず。是愛なり。賤しけれども侮るべからず。是敬なり。

現代語訳

およそ家を治めるには、まず父子・兄弟・夫婦の三親を厚くすべきです。古語に「父子が親しみ、兄弟が和し、夫婦が正しいのは、家が肥えているのである」とあります。もし三親が和さなければ、富んでいても家はやせているのです。およそ家にあって家の者と交わるには、善を行って悪を戒めることを要とします。善を行わなければ人の道は立ちません。善を行うには愛と敬を本とすべきです。愛とは、人をあわれんでおろそかにしないことです。敬とは、人を敬って侮らないことです。この二つは、およそ人と交わって善を行う心法です。善をするのは愛敬のほかにありません。父母を愛し敬うことを本として、兄弟・夫婦・親戚・下働きの者に対しても皆そうすべきです。それぞれその人の品に応じて愛し敬うべきです。疎くてもおろそかにしてはいけません。これが愛です。賤しくても侮ってはいけません。これが敬です。

解説

礼記礼運篇の「父子篤く、兄弟睦み、夫婦和するは、家の肥えたるなり」を引き、家族が和していなければ、財産があっても家はやせているのだと言います。家の豊かさを財ではなく人の和ではかる見方です。そして家の中で善を行う心法を「愛」と「敬」の二つにまとめます。愛はおろそかにしないこと、敬は侮らないことです。疎遠な人にも手を抜かず、身分の低い人も侮らないという教えは、家族だけでなく職場の人間関係にもそのまま生かせる基本です。

この章句が説くこと

家愛敬家族礼記和

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