家道訓 / 巻之一・総論上
一凡、身ををさめ家をとゝのふるに、禮を以てすべし。禮とは人倫の作法なり。心につつしみあり、身に則あるを禮と云ふ。つゝしみなく則なければ、人の心を失ひ身のわざあしく、人にまじはれば人倫の道たゝず。それ人の禽獸にかはれるは禮あれば禮なければとりけだものに同じ。禮を行ふは、むつかしくくるしき事にあらず。事ごとに行ふべきすぢめにしたがひて行ふ故に、心安くして身の行おだやかなり。正路なる平地を行くがごとし。故に人禮あればやすし、禮なければあやふし。こゝを以て、人たる者は禮を行はずんばあるべからず。
新字:一凡、身ををさめ家をとゝのふるに、礼を以てすべし。礼とは人倫の作法なり。心につつしみあり、身に則あるを礼と云ふ。つゝしみなく則なければ、人の心を失ひ身のわざあしく、人にまじはれば人倫の道たゝず。それ人の禽獣にかはれるは礼あれば礼なければとりけだものに同じ。礼を行ふは、むつかしくくるしき事にあらず。事ごとに行ふべきすぢめにしたがひて行ふ故に、心安くして身の行おだやかなり。正路なる平地を行くがごとし。故に人礼あればやすし、礼なければあやふし。こゝを以て、人たる者は礼を行はずんばあるべからず。
書き下し
一凡、身ををさめ家をととのふるに、礼を以てすべし。礼とは人倫の作法なり。心につつしみあり、身に則あるを礼と云ふ。つつしみなく則なければ、人の心を失ひ身のわざあしく、人にまじはれば人倫の道たたず。それ人の禽獣にかはれるは礼あれば礼なければとりけだものに同じ。礼を行ふは、むつかしくくるしき事にあらず。事ごとに行ふべきすぢめにしたがひて行ふ故に、心安くして身の行おだやかなり。正路なる平地を行くがごとし。故に人礼あればやすし、礼なければあやふし。ここを以て、人たる者は礼を行はずんばあるべからず。
現代語訳
およそ身を修め家を整えるには、礼によるべきです。礼とは人と人との間の作法です。心に慎みがあり、身に則があることを礼といいます。慎みがなく則がなければ、人の心を失い、身の行いが悪くなって、人と交われば人の道が立ちません。そもそも人が鳥獣と違うのは礼があるからで、礼がなければ鳥や獣と同じです。礼を行うのは、難しく苦しいことではありません。事ごとに行うべき筋道に従って行うので、心が安らかで身の行いは穏やかです。正しい道の平地を行くようなものです。ですから人は礼があれば安らかで、礼がなければ危ういのです。それで人たる者は礼を行わなければなりません。
解説
この章句が説くこと
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