十八史略 / 『十八史略』宋・太祖・太祖、宿将の兵権を解く
上既誅筠重進召樞密直學士趙普問曰吾欲息天下兵為國家長久計其道何如普謂唐季以來帝主數易由節鎮太重君弱臣強而已今莫若稍奪其權制其錢穀收其精兵則天下自安又言殿前帥石守信等皆非統御才宜授他職上悟召守信等宴酣屏左右謂曰我非爾曹之力不至此然終夕未嘗安枕也居此位者誰不欲為之守信等頓首曰陛下何為出此言天命已定誰敢有異心上曰汝曹雖無異心如麾下之人欲富貴何一旦以黃袍加汝之身雖不欲為其可得乎皆頓首泣曰臣等愚不及此惟陛下哀矜指示可生之途上曰人生如白駒過隙所為好富貴者不過欲多積金錢厚自娛樂使子孫無貧乏耳汝曹何不釋去兵權出守大藩擇便好田宅為子孫計多置歌童舞女日飲酒相安不亦善乎皆拜謝曰陛下念臣等至此所謂生死而肉骨也明日皆稱疾請罷
新字:上既誅筠重進召枢密直学士趙普問曰吾欲息天下兵為国家長久計其道何如普謂唐季以来帝主数易由節鎮太重君弱臣強而已今莫若稍奪其権制其銭穀収其精兵則天下自安又言殿前帥石守信等皆非統御才宜授他職上悟召守信等宴酣屏左右謂曰我非爾曹之力不至此然終夕未嘗安枕也居此位者誰不欲為之守信等頓首曰陛下何為出此言天命已定誰敢有異心上曰汝曹雖無異心如麾下之人欲富貴何一旦以黄袍加汝之身雖不欲為其可得乎皆頓首泣曰臣等愚不及此惟陛下哀矜指示可生之途上曰人生如白駒過隙所為好富貴者不過欲多積金銭厚自娯楽使子孫無貧乏耳汝曹何不釈去兵権出守大藩択便好田宅為子孫計多置歌童舞女日飲酒相安不亦善乎皆拝謝曰陛下念臣等至此所謂生死而肉骨也明日皆称疾請罷
書き下し
上、既に筠・重進を誅し、枢密直学士趙普を召して問いて曰く、吾、天下の兵を息め、国家長久の計を為さんと欲す。其の道、何如、と。普、謂う、唐季より以来、帝主数しば易わるは、節鎮太だ重く、君弱く臣強きに由るのみ。今、稍や其の権を奪い、其の銭穀を制し、其の精兵を収むるに若くは莫し。則ち天下自ら安からん、と。又言う、殿前の帥石守信等は、皆統御の才に非ず。宜しく他職を授くべし、と。上悟り、守信等を召して宴す。酣にして左右を屏け、謂いて曰く、我、爾が曹の力に非ざれば此に至らず。然れども終夕、未だ嘗て枕を安んぜざるなり。此の位に居る者、誰か之を為さんと欲せざらん、と。守信等頓首して曰く、陛下何為れぞ此の言を出だす。天命已に定まる。誰か敢えて異心有らん、と。上曰く、汝が曹、異心無しと雖も、麾下の人の富貴を欲する如きは、一旦、黄袍を以て汝の身に加えなば、為さざらんと欲すと雖も、其れ得べけんや、と。皆頓首して泣きて曰く、臣等愚にして此に及ばず。惟だ陛下、哀矜して生くべきの途を指示せよ、と。上曰く、人生は白駒の隙を過ぐるが如し。好んで富貴する所の者は、金銭を多く積み、厚く自ら娯楽し、子孫をして貧乏無からしめんと欲するに過ぎざるのみ。汝が曹、何ぞ兵権を釈き去り、出でて大藩を守り、便好の田宅を択びて子孫の為に計り、多く歌童舞女を置き、日びに酒を飲みて相安んぜざる。亦た善からずや、と。皆拝謝して曰く、陛下、臣等を念うこと此に至る。謂う所の死を生かし骨に肉づくるなり、と。明日、皆疾と称して罷めんことを請う。
現代語訳
上は、すでに李筠と李重進を討ち果たしたあと、枢密直学士の趙普を呼んで尋ねました。「私は天下の戦をやめさせ、国家を長く保つ計をなしたい。その方法はどうだろうか」。趙普は答えました。「唐の末期以来、皇帝がたびたび代わったのは、節度使の力が大きすぎて、君主が弱く臣下が強かったからにほかなりません。今は、その権限を少しずつ取り上げ、財政を握り、精鋭の兵を収めるのが一番です。そうすれば天下はおのずと安定します」。また言いました。「殿前の将帥である石守信らは、みな軍を統べる才の人ではありません。ほかの職に就けるのがよいでしょう」。上は悟り、石守信らを招いて宴を開き、酒がたけなわになると左右の者を退けて言いました。「私はお前たちの力がなければここまで来られなかった。それでも、夜通し安眠したことは一度もない。この地位にいる者は、誰でも就きたいと思うからだ」。守信らは頭を下げて言いました。「陛下はどうしてそのようなことをおっしゃるのですか。天命はすでに定まっています。誰が異心を抱きましょうか」。上は言いました。「お前たちに異心がなくとも、配下の者が富貴を望めば、ある日突然、黄色い袍をお前の身にかぶせるだろう。望まなくても、断れようか」。みな頭を下げ、泣いて言いました。「私どもは愚かで、そこまで考えが及びませんでした。どうか陛下、哀れんで、生きる道をお示しください」。上は言いました。「人の一生は、白い駒が隙間を駆け過ぎるようなものだ。富貴を好む者は、金銭をたくさん蓄え、存分に楽しみ、子孫に貧しさを残さないことを望むにすぎない。お前たちは、兵権を手放し、地方の大きな藩を守る職に出て、良い田や屋敷を選んで子孫のために備え、歌う童や舞う女をたくさん置いて、毎日酒を飲んで安らかに暮らしてはどうか。それも良いことではないか」。みな拝礼して感謝し、言いました。「陛下が私どもを思ってくださることがここまで至るとは、死者を生き返らせ、骨に肉をつけてくださるようなものです」。翌日、みな病気と称して職を辞したいと願い出ました。
解説

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『智囊』遠猶・宋太祖一旦、黄袍を汝が身に加えば、為さざらんと欲すと雖も、得べからず」と。守信ら乃ち皆な頓首し、泣きて曰く、「臣ら愚にして此に及ばず。唯だ陛下哀憐し、生くべき路を指示せよ」と。上曰く、「人生は白駒の隙を過ぐるが如し。富貴を欲する所の者は、金銭を多く得て、厚く自ら娯しみ、子孫をして貧乏無からしむるに過ぎざるのみ。汝が曹、何ぞ兵権を釈き去り、便好なる田宅を擇びて之を市い、子孫の為に永久の業を立て、歌児舞女を多く置き、日びに酒を飲みて相い歓び、以て其の天年を終えざる。君臣の間、両つながら猜嫌無きは、亦た善からずや」と。皆な再拝して曰く、「陛下、臣に念い及ぶこと此の如し。所謂生死にして肉骨なり」と。明日、皆な疾と称して、兵権を解かんことを請う。〔馮述評〕或いは謂う、宋の弱きは節鎮の権を削りしに由ると。夫れ節鎮の強きは、宋の強きに非ざるなり。強幹弱枝は、自ずから是れ立国の大体なり。二百年の弊穴を、談笑して之を革む。宋世を終うるまで強臣の患無きは、豈に転天移日の手段に非ずや。若し君臣偷安して、力めて和議を主とせずんば、寇準・李綱・趙鼎の諸人、之を用いて余り有り、安んぞ弱きと為さんや。熙寧中、作坊は門巷の委狭なるを以て、請いて直にして寛広にせんとす。神宗は太祖の創始、当に遠慮有るべしとして、許さず。既にして衆工の作苦し、兵を持して門を奪い、出でて乱を為さんと欲す。一老卒、閉ざして之を拒み、遂に出づるを得ず、捕らえて皆な獲らる。
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