宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
太祖既得天下誅李筠李重進召普問曰天下自唐季以來數十年間帝王凡易十姓兵革不息蒼生塗地其故何也吾欲息天下之兵為國家建長乆之計其道何如普曰陛下之言及此天地人神之福也唐季以來戰鬭不息國家不安者其故非它節鎮太重君弱臣強而已今所以治之無它竒巧惟稍奪其權制其錢榖收其精兵則天下自安矣
新字:太祖既得天下誅李筠李重進召普問曰天下自唐季以来数十年間帝王凡易十姓兵革不息蒼生塗地其故何也吾欲息天下之兵為国家建長久之計其道何如普曰陛下之言及此天地人神之福也唐季以来戦闘不息国家不安者其故非它節鎮太重君弱臣強而已今所以治之無它奇巧惟稍奪其権制其銭穀収其精兵則天下自安矣
書き下し
太祖既に天下を得、李筠・李重進を誅す。普を召して問いて曰く、天下、唐の季より以來、數十年の間、帝王凡そ十姓を易え、兵革息まず、蒼生塗地す。其の故は何ぞや。吾れ天下の兵を息め、國家の為に長久の計を建てんと欲す。其の道は何如。普曰く、陛下の言、此に及ぶは、天地人神の福なり。唐の季より以來、戰鬭息まず、國家安からざる者は、其の故は它に非ず、節鎮太だ重く、君弱く臣強きのみ。今、之を治むる所以は它の竒巧無し。惟だ稍く其の權を奪い、其の錢榖を制し、其の精兵を收めば、則ち天下自ら安からん。
現代語訳
太祖が天下を得て、李筠と李重進を討ったのち、趙普を召して尋ねた。「天下は唐の末からこのかた、数十年のあいだに帝王の姓が十も入れ替わり、戦がやまず、民は泥にまみれている。その理由は何か。私は天下の戦をやめさせ、国のために長く続く計を立てたい。その道はどうすればよいか」。趙普が答えた。「陛下のお言葉がここに及んだのは、天地と人と神の福であります。唐の末から戦がやまず国が安んじないのは、ほかでもありません。節度使の権が重すぎ、君が弱く臣が強い、それだけです。いまこれを治めるのに、ほかに巧い手だてはいりません。ただ少しずつその権を奪い、その財政を握り、その精鋭を収めれば、天下は自ずと安らかになります」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事偖其住方大抵二三里四方の地に一組の武士の知行所を割り、各の知行所々々々に地頭を差遣はし、其頭に技倆次第ふん〳〵に成るへき人を三千石より四千石位の身上成るを三四人程も其所に知行所を与へ差置き、其内にて当分器量之有る仁を頭に申し付け、私領とませ〳〵に御領を割り入れ、御領をも右の頭に預け、組の支配をも御領の治め年貢の取立て、又は公事のさいきよも軽きことは所にてさばかせ、川普請等一切のこと其の頭より申し付へし、斯の如くならは田舎自から締りて御政とう行きわたるへし、
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『政談』代官と云ふ役の事願くは二三千石以上の人を申し付け役儀の名をかへ下役に今の代官位の人を申し付け置き、武備も自から備はるやうにし、刑罰をも軽きことは其の所にて執行はせ、専ら民間の治めを第一とし、農業の筋をも民の知らぬこと有るをは之を教へ、川除け堤普請のたくひをも申し付け、盗賊博奕等邪宗邪法のたくひをも之をおさへさすへし、
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『政談』官位爵祿の次第並に勳階頭助允目の事何役にも頭役添役下役留役と四段に立てゝ、或は軽き役には添役を除きて、三段にも立て、或は特の外に軽き役は添役下役を除きて一段にも立て置き、頭役は是非ともに一人にすれはその役のこと締り我々にならす、身に踏込みて勤めで叶はさることなり、添役は一人或は両人頭役に僅か一階ほと下にて、さのみは劣らぬものを申し付置く時は、相談の相手にも成り、又目付にもなり、又病気差合のときもこと欠けず、下役は添役に一階も下なる人を二人なりと三人四人なりとも役儀によりて五人六人も申し付け置く時は、其役儀のこと品を別けて掌とりて丁寧なり、留役は軽き役にて、一役のことを帳にかき留さすへし、されは頭役は惣〆くゝりとなりて重きことを掌り、又惣しめをするなり、下役は細かなるかと〳〵を品を別けて掌とる故、をの〳〵身にかけてつとめ身に入ること是れ古の法なり、
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司馬法・定爵将は身なり、卒は支(し)なり、伍は指拇(しぼ)なり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・これを散ずれば明なりこれを集むれば暗なり私にありては智なり、官にありては愚なり。これを散ずれば明なり、これを集むれば暗なり。政府は衆智者の集まるところにして、一愚人の事を行なうものと言うべし。あに怪しまざるを得んや。畢竟その然る所以は、かの気風なるものに制せられて、人々みずから一個の働きを逞しゅうすること能わざるによりて致すところならんか。維新以来、政府にて学術、法律、商売等の道を興さんとして効験なきも、その病の原因はけだしここにあるなり。しかるにいま一時の術を用いて下民を御し、その知徳の進むを待つとは、威をもって人を文明に強ゆるものか、しからざれば欺きて善に帰せしむるの策なるべし。政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容を作りてこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。たといその策は巧みなるも、文明の事実に施して益なかるべし。ゆえにいわく、世の文明を進むるには、ただ政府の力のみに依頼すべからざるなり。
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『政談』江戶町中並に武家屋敷の締りの事総して武家屋敷も元来一組を一町に置たることなり、大御番十二組にて番町一番町より六番町まで各々表裏これあり、古は飯田町の上に土手これあるなり、御番衆に与力同心も元来一組一町にあつまり居たることなり、されども役ぬけ御番入り小ぶしん入りより混乱し、特に権威ある人屋敷をえり取りにする故此の法乱れ、今は同組所々に分れ居るやうになりたるなり、これによりて別御役別組の人となりと成り、武家の人から内証の事知るべきやうなし、一町の内のことは家内の微細なることまで何事も知れざることは悪しき事なり、微細に知るれども他役他組の人なれば、一屋敷の面々こうにて、武家ことのほかに我まゝになり、諸事とりしまりなく、埓もなくなりたること、これによりてなり、ことにかろき同心のたくひの一組のうちをひきわけて牛込本郷離れ〳〵にさし置くこと、そのもの平生何をするかも同組も知らぬことにて吟味すべきやうなし、願ふ所は古法の通り御番衆も与力同心も一くみを一所に置き、その頭をも一所に置き、役入り番入り等のとき入り替るやうにするときは、組下の人抦も何も委細に知るゝことにて、盗賊奉行などの下の悪事を知ぬやうなることは決してなきことなり、

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