十八史略 / 『十八史略』五代・後唐荘宗・李天下と呼ばれた皇帝
唐帝自克梁後寢驕首以伶人為刺史帝幼習音律或時自傅粉墨與優人共戲優名謂之李天下嘗自呼曰李天下李天下優人敬新磨遽前批其頰帝失色新磨徐曰理天下只一人尚誰呼邪帝悅諸伶出入宮掖侮弄搢紳群臣憤疾莫敢出氣亦有反相附託納貨展轉以干恩澤蠹政害人恣為讒愬帝踈忌宿將不恤軍士數出遊獵蹂踐民田上下咨怨
新字:唐帝自克梁後寝驕首以伶人為刺史帝幼習音律或時自傅粉墨与優人共戯優名謂之李天下嘗自呼曰李天下李天下優人敬新磨遽前批其頬帝失色新磨徐曰理天下只一人尚誰呼邪帝悦諸伶出入宮掖侮弄搢紳群臣憤疾莫敢出気亦有反相附託納貨展転以干恩沢蠹政害人恣為讒愬帝疎忌宿将不恤軍士数出遊猟蹂践民田上下咨怨
書き下し
唐帝、梁に克ちてより後、ようやく驕り、首めて伶人を以て刺史と為す。帝、幼きより音律を習い、或いは時に自ら粉墨を傅け、優人と共に戯る。優名、之を李天下と謂う。嘗て自ら呼びて曰く、李天下、李天下と。優人の敬新磨、遽かに前みて其の頬を批つ。帝、色を失う。新磨徐ろに曰く、天下を理むるは只だ一人のみ、尚お誰をか呼ばんや、と。帝悦ぶ。諸伶、宮掖に出入し、搢紳を侮弄す。群臣憤疾するも、敢えて気を出だす莫し。亦た反って相附託し、貨を納れ、展転して以て恩沢を干め、政を蠹い人を害し、恣に讒愬を為す。帝、宿将を疎忌し、軍士を恤まず、数しば出でて遊猟し、民田を蹂践す。上下咨怨す。
現代語訳
唐の皇帝は、梁を破ってからというもの、しだいにおごりたかぶり、まず芸人たちを州の長官に取り立てました。皇帝は幼いころから音楽に通じ、ときには自分で白粉と墨を塗り、役者たちと一緒に芝居をして遊びました。芸名を「李天下」といいます。あるとき、自分で「李天下、李天下」と呼んでみせたところ、役者の敬新磨がさっと進み出て、皇帝の頬をひっぱたきました。皇帝は顔色を失います。新磨はゆっくりと言いました。「天下を治めるのはただ一人です。そのうえ、ほかに誰を呼ぶのですか」。皇帝は喜びました。しかし役者たちは宮中に出入りして、官僚たちを侮りもてあそび、群臣は憤り憎みながらも、息をひそめるしかありません。かえって役者に取り入る者も現れ、賄賂を納め、人づてに恩恵を求めて、政治をむしばみ人を害し、思うままに讒言をしました。皇帝は古参の将軍を疎んで嫌い、兵士をいたわらず、しばしば狩りに出ては民の田畑を踏み荒らしました。上も下も恨み嘆くようになりました。
解説

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