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十八史略 / 『十八史略』西晋・武帝・破竹の勢いで呉を平らぐ

晉大擧伐吳杜預出江陵王濬下巴蜀吳人於江磧要害處並以鐵鎖橫江截之又作鐵錐長丈餘暗置江中逆拒舟艦濬作大筏令善水者以筏先行遇錐輒著筏而去又作大炬灌以麻油遇鎖燒之須臾融液斷絶於是舩無所礙遂先克上流諸郡預遣人率奇兵夜渡吳將懼曰北來諸軍乃飛渡江也預分兵與濬合攻武昌降之預謂兵威已振譬如破竹數節之後迎刃而解無復著手處也遂指授羣帥方略徑造建業濬戎卒八萬方舟百里舉帆直指建業鼓譟入石頭城吳主皓面縛輿櫬降封歸命侯

新字:晋大挙伐呉杜預出江陵王濬下巴蜀呉人於江磧要害処並以鉄鎖横江截之又作鉄錐長丈余暗置江中逆拒舟艦濬作大筏令善水者以筏先行遇錐輒著筏而去又作大炬灌以麻油遇鎖焼之須臾融液断絶於是舩無所礙遂先克上流諸郡預遣人率奇兵夜渡呉将懼曰北来諸軍乃飛渡江也預分兵与濬合攻武昌降之預謂兵威已振譬如破竹数節之後迎刃而解無復著手処也遂指授羣帥方略径造建業濬戎卒八万方舟百里舉帆直指建業鼓譟入石頭城呉主皓面縛輿櫬降封帰命侯

書き下し

晋、大挙して呉を伐つ。杜預は江陵に出で、王濬は巴蜀より下る。呉人、江の磧の要害の処に、並びに鉄鎖を以て江を横たえて之を截つ。又鉄錐の長さ丈余なるを作り、暗に江中に置きて、舟艦を逆え拒ぐ。濬、大筏を作り、水に善き者をして筏を以て先に行かしむ。錐に遇えば輒ち筏に著けて去る。又大炬を作り、灌ぐに麻油を以てし、鎖に遇えば之を焼く。須臾にして融液し断絶す。是に於いて舩に礙ぐる所無く、遂に先ず上流の諸郡に克つ。預、人を遣わして奇兵を率い夜に渡らしむ。呉の将、懼れて曰く、北来の諸軍は乃ち飛びて江を渡るなり、と。預、兵を分かちて濬と合して武昌を攻め、之を降す。預、謂えらく、兵威已に振う。譬えば竹を破るが如し。数節の後は、刃を迎えて解け、復た手を著くる処無きなり、と。遂に群帥に方略を指授し、徑ちに建業に造る。濬、戎卒八万、舟を方べること百里、帆を挙げて直ちに建業を指し、鼓譟して石頭城に入る。呉主皓、面縛し櫬を輿して降る。封じて帰命侯とす。

現代語訳

晋は大軍を挙げて呉を討ちました。杜預は江陵から出撃し、王濬は巴蜀から長江を下りました。呉の人々は、長江の要害の地に、鉄の鎖を川に渡して船を遮りました。また、長さ一丈余りの鉄の錐をつくり、水中に隠し置いて、舟の進行を逆に防ぎました。王濬は大きな筏をつくり、泳ぎの上手な者に筏で先導させました。錐にぶつかれば、そのまま筏に引っかけて流れ去ります。また巨大な松明をつくり、麻油をかけて、鎖に遭えば焼きました。たちまち鎖は溶けて断ち切れました。こうして船の進行を妨げるものがなくなり、まず上流の諸郡を攻略しました。杜預は人を遣わして、奇兵を率いて夜に長江を渡らせました。呉の将は恐れて言いました。「北から来た軍は、空を飛んで長江を渡ってきたのか」。杜預は兵を分けて王濬と合流し、武昌を攻めて降しました。杜預は言いました。「軍の威勢はすでに振るっている。たとえば竹を割るようなものだ。数節を割ったあとは、刃を当てるだけで自然に裂け、もう手を付ける所もない」。そこで諸将に作戦を授け、まっすぐ建業(呉の都)に向かいました。王濬の兵は八万、舟を並べること百里にわたり、帆を揚げてまっすぐ建業を指し、鬨の声を上げて石頭城に入りました。呉の君主の孫皓は、自ら縛られ、棺を車に載せて降伏しました。晋は彼を帰命侯に封じました。

解説

西晋が呉を滅ぼす最終局面で、杜預が「破竹の勢い」の語のもとになる言葉を残した場面です。呉は長江に鉄の鎖や水中の鉄の錐を仕掛けましたが、王濬は筏で錐を取り除き、松明で鎖を焼き切って道を開きました。杜預は、すでに勢いに乗った軍は竹を割るのと同じで、数節を割れば後は刃を当てるだけで裂けると述べ、諸将に作戦を授けて建業へ一気に進ませました。準備と工夫で障害を一つずつ解消した後は、勢いのままに決着を急ぐ、という判断の形が読み取れます。
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この章句が説くこと

杜預王濬破竹の勢い鉄鎖呉の滅亡西晋

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