十八史略 / 『十八史略』漢・韓信・狡兎死して走狗烹らる
上從之告諸侯會陳吾將遊雲夢至陳信上謁命武士縛信載後車信曰果若人言狡兔死走狗烹飛鳥盡良弓藏敵國破謀臣亡天下已定臣固當烹遂械繫以歸赦為淮陰侯上嘗從容問信諸將能將兵多少上曰如我能將幾何信曰陛下不過將十萬上曰於君何如曰臣多多益辨上笑曰多多益辨何以為我禽曰陛下不能將兵而善將將此信所以為陛下禽且陛下所謂天授非人力也
新字:上従之告諸侯会陳吾将遊雲夢至陳信上謁命武士縛信載後車信曰果若人言狡兔死走狗烹飛鳥尽良弓蔵敵国破謀臣亡天下已定臣固当烹遂械繋以帰赦為淮陰侯上嘗従容問信諸将能将兵多少上曰如我能将幾何信曰陛下不過将十万上曰於君何如曰臣多多益弁上笑曰多多益弁何以為我禽曰陛下不能将兵而善将将此信所以為陛下禽且陛下所謂天授非人力也
書き下し
上、之に従い、諸侯に告げて陳に会せしめ、吾将に雲夢に遊ばんとす、と。陳に至り、信、上謁す。武士に命じて信を縛し、後車に載す。信曰く、果たして人の言の若し。狡兎死して、走狗烹らる。飛鳥尽きて、良弓蔵せらる。敵国破れて、謀臣亡ぶ。天下已に定まる、臣固より当に烹らるべし、と。遂に械繋して以て帰り、赦して淮陰侯と為す。上、嘗て従容として信に問う、諸将は能く兵を将うること多少ぞ、と。上曰く、我の如きは能く将いること幾何ぞ、と。信曰く、陛下は十万に将たるに過ぎず、と。上曰く、君に於いては何如、と。曰く、臣は多多益ます辨ず、と。上笑いて曰く、多多益ます辨ずるに、何を以て我が禽と為る、と。曰く、陛下は兵を将うること能わず、而して善く将に将たり。此れ信の陛下の禽と為りし所以なり。且つ陛下は所謂天授にして、人力に非ざるなり、と。
現代語訳
高祖は陳平の策に従い、諸侯に陳で会合するよう告げ、「私は雲夢に遊びに行く」と言いました。陳に着くと、韓信が拝謁に出ました。高祖は武士に命じて韓信を縛り上げ、後ろの車に載せました。韓信は言いました。「やはり人の言うとおりだ。すばしこい兎が死ねば、走る犬は煮られる。空飛ぶ鳥がいなくなれば、よい弓はしまわれる。敵国が滅びれば、謀臣は用なしになる。天下がすでに定まった以上、私が煮られるのも当然だ」。こうして韓信は鎖につながれたまま都に連れ帰られましたが、赦されて淮陰侯になりました。のちに高祖がくつろいだ折、韓信に尋ねました。「諸将は、それぞれどれほどの兵を率いられるか」。さらに、「私ならどれほど率いられるか」と聞くと、韓信は「陛下は十万の兵の将にすぎません」と答えました。「では君はどうか」と聞くと、「私は多ければ多いほどよく率いられます」と言います。高祖は笑って、「多ければ多いほどよいのなら、なぜ私に捕まったのか」と言いました。韓信は答えました。「陛下は兵を率いることはおできになりませんが、将たちを率いるのがお上手です。これが私が陛下に捕らわれた理由です。そのうえ陛下は、いわゆる天から授かった方で、人の力で及ぶところではありません」。
解説

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史記 淮陰侯列伝漢の六年、人上書して楚王信反すと告ぐる有り。高帝陳平の計を以て、天子巡狩して諸侯を会す。南方に雲夢有り。使を発して諸侯に告げて陳に会せしむ、「吾将に雲夢に游ばんとす」と。実は信を襲はんと欲するも、信知らず。高祖且に楚に至らんとす。信兵を発して反せんと欲するも、自ら度るに罪無く、上に謁せんと欲するも、禽にせられんことを恐る。人或ひと信に説きて曰く、「眛を斬りて上に謁せば、上必ず喜び、患ひ無からん」と。信眛に見えて事を計る。眛曰く、「漢の楚を撃ち取らざる所以は、眛の公の所に在るを以てなり。若し我を捕へて以て自ら漢に媚びんと欲せば、吾今日死せん。公も亦手に随ひて亡びん」と。乃ち信を罵りて曰く、「公は長者に非ず」と。卒に自剄す。信其の首を持ち、高祖に陳に謁す。上武士をして信を縛せしめ、後車に載す。信曰く、「果たして人の言の若し。『狡兔死して、良狗亨られ、高鳥尽きて、良弓蔵せられ、敵国破れて、謀臣亡ぶ』と。天下已に定まる。我固より当に亨らるべし」と。上曰く、「人公の反するを告ぐ」と。遂に信を械繋す。雒陽に至り、信の罪を赦し、以て淮陰侯と為す。
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史記 淮陰侯列伝上常に従容として信と諸将の能不を言ひ、各々差有り。上問ひて曰く、「我の如きは能く幾何を将ゐん」と。信曰く、「陛下は十万を将ゐるに過ぎず」と。上曰く、「君に於いては何如」と。曰く、「臣は多々にして益々善きのみ」と。上笑ひて曰く、「多々益々善しとせば、何為れぞ我に禽にせらるる」と。信曰く、「陛下は兵を将ゐる能はず、而して善く将に将たり、此れ乃ち信の陛下に禽にせらるる所以なり。且つ陛下の所謂天授なり、人力に非ざるなり」と。
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十八史略・『十八史略』漢・高祖・蕭何、韓信を追う信、之に従う。又数しば策を以て項羽に干むるも、用いられず。乃ち漢に帰し、治粟都尉と為る。数しば蕭何と語り、何、之を奇とす。王、南鄭に至るや、将士皆謳歌して帰らんことを思い、道に亡ぐる者多し。信、何已に数しば王に言うも、王用いざるを度り、即ち亡げ去る。何、自ら之を追う。人曰く、丞相何亡げたり、と。王怒り、左右の手を失うが如し。何来たりて謁す。王罵りて曰く、若の亡げしは何ぞや、と。何曰く、韓信を追えり、と。王曰く、諸将の亡ぐる者、十を以て数う、公は追う所無し。信を追うは詐りなり、と。何曰く、諸将は得易きのみ。信の如きは、国士無双なり。王、必ず長く漢中に王たらんと欲せば、信を事とする所無し。必ず天下を争わんと欲せば、信に非ざれば、与に事を計るべき者無し、と。王曰く、吾も亦東せんと欲するのみ、安んぞ能く鬱鬱として久しく此に居らんや、と。何曰く、計必ず東せば、能く信を用いん。信即ち留まらん。然らずんば、信は終に亡げんのみ、と。王曰く、吾公の為に以て将と為さん、と。何曰く、留まらざるなり、と。王曰く、以て大将と為さん、と。何曰く、幸甚なり、と。王は素より慢にして礼無く、大将を拝すること小児を呼ぶが如し。此れ信の去る所以なり。乃ち壇場を設け礼を具う。諸将皆喜び、人人自ら大将を得たりと以為えり。拝するに至れば、乃ち韓信なり。一軍皆驚く。
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史記 淮陰侯列伝上曰く、「若韓信に反を教ふ。何ぞ冤ならん」と。対へて曰く、「秦の綱絶えて維弛み、山東大いに擾れ、異姓并び起こり、英俊烏のごとく集まる。秦其の鹿を失ひ、天下共に之を逐ふ。是に於て高材疾足の者先づ焉を得たり。蹠の狗堯に吠ゆ。堯不仁なるに非ず。狗は因より其の主に非ざるに吠ゆ。是の時に当たり、臣唯だ独り韓信を知り、陛下を知るに非ざるなり。且つ天下鋭精にして鋒を持し陛下の為す所を為さんと欲する者甚だ衆し。顧だ力能はざるのみ。又尽く之を亨るべけんや」と。高帝曰く、「之を置け」と。乃ち通の罪を釈す。
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十八史略・『十八史略』漢・高祖・蕭何は功人、諸将は功狗功臣皆曰く、臣等は堅を被り鋭を執り、多き者は百余戦、少なき者も数十合なり。蕭何は未だ嘗て汗馬の労有らず、徒だ文墨議論を持するのみ。戦わずして顧って反って臣等の上に居るは、何ぞや、と。上曰く、諸君は猟を知るか。獣を逐い殺す者は狗なり。発縦して指示する者は人なり。諸君は徒だ能く走獣を得るのみ、功狗なり。蕭何の如きに至りては、功人なり、と。群臣皆敢えて言う莫し。
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『長短経』詭順高祖帰り、乃ち斉に詔して通を捕えしむ。通至る。上曰く「若、淮陰侯に反せんことを教えしか」と。曰く「然り。臣固より之に教う。豎子、臣の策を用いず。故に今自ら夷らるること此くの如し。如し彼の豎子、臣の計を用いば、陛下安んぞ得て之を夷らげんや」と。上怒りて曰く「之を烹よ」と。通曰く「嗟乎、冤なるかな烹らるること」と。上曰く「若、韓信に反せんことを教う。何ぞ冤ならん」と。対えて曰く「秦の綱弛みて維絶え、山東大いに擾れ、異姓並び起こり、英俊烏のごとく聚まる。秦其の鹿を失い、天下共に之を逐う。是に於て高材疾足の者先ず得たり。跖の犬の堯に吠ゆるは、堯仁ならざるに非ず、狗は固より其の主に非ざるに吠ゆ。是の時に当たりて、臣独り韓信を知り、陛下を知るに非ざるなり。且つ天下に精を鋭くし鋒を持して、陛下の為す所を為さんと欲する者甚だ衆し。固より力能わざるのみ。又た尽く烹るべけんや」と。高帝曰く「之を置け」と。乃ち通の罪を釈すなり。