十八史略 / 『十八史略』五帝・堯・堯の五十年と鼓腹撃壌
治天下五十年不知天下治歟不治歟億兆願戴己歟不願戴己歟問左右不知問外朝不知問在野不知乃微服遊於康衢聞童謠曰立我烝民莫匪爾極不識不知順帝之則有老人含哺鼓腹擊壤而歌曰日出而作日入而息鑿井而飲耕田而食帝力何有於我哉
新字:治天下五十年不知天下治歟不治歟億兆願戴己歟不願戴己歟問左右不知問外朝不知問在野不知乃微服遊於康衢聞童謡曰立我烝民莫匪爾極不識不知順帝之則有老人含哺鼓腹撃壤而歌曰日出而作日入而息鑿井而飲耕田而食帝力何有於我哉
書き下し
天下を治むること五十年、天下の治まれるか治まらざるかを知らず。億兆、己を戴くを願うか、己を戴くを願わざるかと。左右に問うも知らず、外朝に問うも知らず、在野に問うも知らず。乃ち微服して康衢に遊ぶ。童謡を聞くに曰く、「我が烝民を立つるは、爾の極に匪ざる莫し。識らず知らず、帝の則に順う」と。老人有り、哺を含み腹を鼓ち、壌を撃ちて歌いて曰く、「日出でて作し、日入りて息う。井を鑿ちて飲み、田を耕して食らう。帝力、何ぞ我に有らんや」と。
現代語訳
堯が天下を治めて五十年がたちました。堯は、天下がうまく治まっているのかいないのかが分からず、民衆は自分を君主として戴くことを望んでいるのか、望んでいないのかも分かりませんでした。側近に尋ねても分からず、朝廷の外の者に尋ねても分からず、民間に尋ねても分かりません。そこで身分を隠した粗末な身なりで、にぎやかな四つ辻に出かけました。すると子どもたちの歌が聞こえてきました。「わたしたち民が暮らしを立てているのは、あなたの徳のおかげでないものはない。それと意識もせず知りもせず、自然に帝のきまりに従っている」。また、一人の老人が、食べ物を口に含み、腹を打ち、地面を打って拍子をとりながら歌っていました。「日が出れば働き、日が入れば休む。井戸を掘って水を飲み、田を耕して食べる。帝の力など、わたしに何の関わりがあろうか」。
解説

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『列子』仲尼篇堯天下を治むること五十年。天下治まるか、治まらざるかを知らず、億兆の己を戴くを願うか、己を戴くを願わざるかを知らず。左右を顧問するに、左右知らず。外朝に問うに、外朝知らず。在野に問うに、在野知らず。堯乃ち微服して康衢に游ぶ。兒童の謠いて曰く、我が蒸民を立つるは、爾の極に匪ざる莫し。識らず知らず、帝の則に順う、と言うを聞く。堯喜びて問いて曰く、誰か爾に教えて此の言を爲さしむるか、と。童兒曰く、我之を大夫に聞けり、と。大夫に問うに、大夫曰く、古詩なり、と。堯宮に還り、舜を召し、因りて禪るに天下を以てす。舜辭せずして之を受く。
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史記 五帝本紀帝堯は、放勛なり。其の仁は天のごとく、其の知は神のごとし。之に就くこと日のごとく、之を望むこと雲のごとし。富みて驕らず、貴くして舒ならず。能く徳を明馴し、以て九族を親しむ。九族既に睦じく、百姓を便章す。百姓昭明にして、萬国を合和す。
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二宮翁夜話・巻之五翁(おきな)曰(いわ)く、昔(むかし)堯帝(ぎょうてい)、国を愛する事厚し、刻苦励精(こっくれいせい)国家を治(おさ)む、人民謳(うた)ひて曰(いわ)く、井(い)を掘りて呑み、田を耕(たがや)して食ふ、帝の力何ぞ我にあらんや、帝之を聞きて大に悦(よろこ)べりとあり、常人ならば、人民恩を知らずと怒(いか)るべきに、帝の力何ぞ我に有らんやと、謳ふを聞きて悦べるは、堯の堯たる所以(ゆえん)なり、夫(それ)予(よ)が道は、堯舜(ぎょうしゅん)も之を病(や)めり、と云へる、大道の分子(ぶんし)なり、されば予が道に従事して、刻苦勉励(べんれい)、国を起し村を起し、窮(きゅう)を救(すく)ふ事有る時も、必(かならず)人民は報徳の力、何ぞ我に有らんやと謳ふべき也、此時是を聞きて、悦ぶ者にあらざれば、我徒(わがと)にあらざる也、謹(つつし)めや謹めや。
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『淮南子』主術訓堯の天下を有つや、萬民の富を貪りて人主の位に安んずるに非ず。百姓 力もて征し、強 弱を淩ぎ、眾 寡を暴すを以て、是に於いて堯 乃ち身ら節儉の行を服し、而して相愛の仁を明らかにして、以て之を和輯す。是の故に茅茨 翦らず、采椽 斷らず、大路 畫かず、越席 緣どらず、大羹 和えず、粢食 毇かず。巡狩して教を行い、天下に勤勞し、五嶽を周流す。豈に其の奉養 樂しむに足らざらんや。天下を舉げて以て社稷と為し、利有るに非ざるなり。年 衰え志 憫れみ、天下を舉げて之を舜に傳うること、猶お卻行して屣を脫するがごとし。衰世は則ち然らず。一日にして天下の富有り、人主の勢に處れば、則ち百姓の力を竭くして、以て耳目の欲に奉じ、志 專ら宮室台榭、陂池苑囿、猛獸熊羆、玩好珍怪に在り。是の故に貧民は糟糠も口に接せずして、虎狼熊羆は芻豢に厭き、百姓は短褐も完からずして、宮室は錦繡を衣る。人主 茲の無用の功を急にして、百姓黎民、天下に憔悴す。是の故に天下をして其の性に安んぜざらしむ。
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史記 五帝本紀正月上日、舜終を文祖に受く。文祖は、堯の大祖なり。是に於て帝堯老い、舜に命じて天子の政を摂行せしめ、以て天命を観る。舜乃ち璿璣玉衡を在て、以て七政を斉ふ。遂に上帝に類し、六宗に禋し、山川に望し、羣神に辯す。五瑞を揖め、吉月日を択び、四嶽・諸牧に見え、瑞を班つ。歳の二月、東に巡狩し、岱宗に至り、祡し、山川に望秩す。遂に東方の君長に見え、時月を合はせ日を正し、律度量衡を同じくし、五礼・五玉・三帛・二生・一死を脩めて摯と為し、五器の如きは、卒へて乃ち復す。五月、南に巡狩し、八月、西に巡狩し、十一月、北に巡狩す。皆初めの如し。帰りて、祖禰の廟に至り、特牛の礼を用ゐる。五歳に一たび巡狩し、羣后は四たび朝す。徧く告ぐるに言を以てし、明らかに試みるに功を以てし、車服は庸を以てす。肇めて十有二州とし、川を決す。象るに典刑を以てし、流して五刑を宥し、鞭を官刑と作し、扑を教刑と作し、金を贖刑と作す。眚烖の過は赦し、怙終の賊は刑す。欽しめや、欽しめや、惟れ刑を之れ静かにせよ。讙兜共工を進言し、堯曰く不可なりと。而して之を工師に試みるに、共工果たして淫辟なり。四嶽鯀を挙げて鴻水を治めしめんとし、堯以て不可と為すも、嶽彊ひて之を試みんことを請ふ。之を試みて功無く、故に百姓便ならず。三苗江淮・荊州に在りて数乱を為す。是に於て舜帰りて帝に言ひ、共工を幽陵に流して、以て北狄を変ぜしめ、驩兜を崇山に放ちて、以て南蛮を変ぜしめ、三苗を三危に遷して、以て西戎を変ぜしめ、鯀を羽山に殛して、以て東夷を変ぜしめんことを請ふ。四辠して天下咸服す。堯立ちて七十年にして舜を得、二十年にして老い、舜をして天子の政を摂行せしめ、之を天に薦む。堯位を辟くること凡そ二十八年にして崩ず。百姓悲哀し、父母を喪ふが如し。三年、四方楽を挙ぐる莫く、以て堯を思ふ。
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二宮翁夜話・巻之三翁曰(いわ)く、堯(ぎょう)仁を以て天下を治む。民歌ひて曰く、井を掘りて以て飲み、田を耕して以て喰(くら)ふ、帝の力何ぞ我に有らんやと。是(これ)堯の堯たる所以(ゆえん)にして、仁政天下に及んで跡なきが故なり。子産(しさん)の如きに至りては、孔子、恵人(けいじん)といへり。