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二宮翁夜話 / 巻之三

翁曰、堯仁を以て天下を治む、民歌て曰、井を掘て以て飲み、田を耕して以て喰ふ、帝の力何ぞ我に有らんやと、是堯の堯たる所以にして、仁政天下に及んで跡なきが故なり、子産の如きに至ては、孔子、恵人といへり。

書き下し

翁曰(いわ)く、堯(ぎょう)仁を以て天下を治む。民歌ひて曰く、井を掘りて以て飲み、田を耕して以て喰(くら)ふ、帝の力何ぞ我に有らんやと。是(これ)堯の堯たる所以(ゆえん)にして、仁政天下に及んで跡なきが故なり。子産(しさん)の如きに至りては、孔子、恵人(けいじん)といへり。

現代語訳

翁が言われた。堯は仁によって天下を治めた。民は歌って言った。「井戸を掘って水を飲み、田を耕して飯を食う。帝の力など私に何の関わりがあろうか」と。これこそ堯が堯たるゆえんであり、仁政が天下に行き渡って跡形も残らないからだ。鄭の子産のような人物になると、孔子は「恵み深い人」と評した。

解説

理想の聖天子・堯の治政を、尊徳は「仁政が行き渡って跡形もない」という点に見ます。民は井戸を掘り田を耕して満ち足り、帝の力など意識さえしない――統治の恩恵が空気のように自然で、誰も為政者を意識しない状態こそ最高の政治だというのです。一方、鄭の名宰相・子産が孔子に「恵み深い人」と評されたのは、恩恵が目に見えてしまう、一段下の政治だという含意があります。最良の働きほど表に現れず功を誇らない、という価値観は、推譲を重んじ、陰徳を積んで見返りを求めない報徳の精神に通じます。成果を誇示せず、支えていることを気づかせない――そんなリーダーシップの理想は、現代の組織運営にも静かな示唆を与えます。

この章句が説くこと

二宮翁夜話報徳仁政推譲陰徳

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