実武一家言抄録 / 水寨と護国の策
以後來寇を爲すものは年々次第に多くなるべきは必定の事也、然れば防海の備を怠るは優々しき後の大患を招くべし、故に異國の船の來る每に嚴しく是を打攘て、益々日本の武威を示し、以て夷狄の魂魄を奪ふは、護國第一の良策なるべし、故に予彼賊を取の武備を工夫して玆に其用意を論ず、凡海國の津港には必ず水寨を建て水軍を調練すべし、調練熟習せざれば以て用を爲すべからざるなり、總て天地間の事勢、其力の餘りある者は嫌に人を倒し、其力の足らざる者は恆に人に制せらる、故に護國の最も嚴重なるは、恆に他國を攻伐を以て自國の護りとするより嚴重なるはなし、予が云、此書に論ずる所は只是自國を護るの事のみ、若夫他國を攻伐する法を知らん事を欲せば、予が先年著したる混同秘策四卷あり、今の時代に當ては予が此一家言すら能く用る者有事なし、是永く一家言たる所以也、況や混同秘策に於てをや、豐臣大閤已に死す、嗚呼已ぬる哉、
新字:以後来寇を為すものは年々次第に多くなるべきは必定の事也、然れば防海の備を怠るは優々しき後の大患を招くべし、故に異国の船の来る毎に厳しく是を打攘て、益々日本の武威を示し、以て夷狄の魂魄を奪ふは、護国第一の良策なるべし、故に予彼賊を取の武備を工夫して玆に其用意を論ず、凡海国の津港には必ず水寨を建て水軍を調練すべし、調練熟習せざれば以て用を為すべからざるなり、総て天地間の事勢、其力の余りある者は嫌に人を倒し、其力の足らざる者は恒に人に制せらる、故に護国の最も厳重なるは、恒に他国を攻伐を以て自国の護りとするより厳重なるはなし、予が云、此書に論ずる所は只是自国を護るの事のみ、若夫他国を攻伐する法を知らん事を欲せば、予が先年著したる混同秘策四巻あり、今の時代に当ては予が此一家言すら能く用る者有事なし、是永く一家言たる所以也、況や混同秘策に於てをや、豊臣大閤已に死す、嗚呼已ぬる哉、
書き下し
以後來寇を爲すものは年々次第に多くなるべきは必定の事也、然れば防海の備を怠るは優々しき後の大患を招くべし、故に異國の船の來る每に嚴しく是を打攘て、益々日本の武威を示し、以て夷狄の魂魄を奪ふは、護國第一の良策なるべし、故に予彼賊を取の武備を工夫して玆に其用意を論ず、凡海國の津港には必ず水寨を建て水軍を調練すべし、調練熟習せざれば以て用を爲すべからざるなり、總て天地間の事勢、其力の餘りある者は嫌に人を倒し、其力の足らざる者は恆に人に制せらる、故に護國の最も嚴重なるは、恆に他國を攻伐を以て自國の護りとするより嚴重なるはなし、予が云、此書に論ずる所は只是自國を護るの事のみ、若夫他國を攻伐する法を知らん事を欲せば、予が先年著したる混同秘策四卷あり、今の時代に當ては予が此一家言すら能く用る者有事なし、是永く一家言たる所以也、況や混同秘策に於てをや、豐臣大閤已に死す、嗚呼已ぬる哉、
現代語訳
今後、日本に襲来する者は年々しだいに多くなるに違いない。そうであれば、海防の備えを怠ることは、のちの大きな災いを招くであろう。だから、異国の船が来るたびに厳しくこれを打ち払い、ますます日本の武威を示して、外国人の魂を奪うことが、護国の第一の良策であろう。そこで私は、その賊を取る武備を工夫して、ここにその用意を論じる。おおよそ海国の港には、必ず水寨を建てて水軍を調練すべきである。調練して熟習しなければ、役に立てることはできない。すべて天地の間の事の勢いは、力に余りのある者は思うままに人を倒し、力の足りない者は常に人に制せられる。だから護国の最も厳重なものは、常に他国を攻め伐つことを自国の護りとするより厳重なものはない。私が言う、この書で論じることは、ただ自国を護ることだけである。もし他国を攻め伐つ方法を知りたいと思うなら、私が先年著した『混同秘策』四巻がある。今の時代にあたっては、私のこの一家言ですらよく用いる者がいない。これが永く一家言に終わる理由である。まして『混同秘策』ではなおさらである。豊臣太閤はすでに死んだ。ああ、もうおしまいだ。
解説
この章句が説くこと
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『海国兵談抄録』・第一巻 水戦・海辺の備えと全国に備える大主意海國の武備は海邊にあり、海邊の兵法は水戰にあり、水戰の要は大銃にあり、是海國自然の兵制也、然る故に此篇を以て開卷第一義に擧る事、深意ある也、尋常の兵書と同日の義にあらずと知べし、昇平久き時は、人心弛む、人心弛む時は、亂を忘るゝ事、和漢古今の通病也、是を不忘を武備といふ、蓋武は文と相並んで德の名也、備は德にあらず事也、變に臨て事欠ざる樣に物を備置を云也、○當世の俗習にて異國船の入津は長崎に限たる事にて別の浦え船を寄る事は決して不成事と思り、實に太平に鼓腹する人と云べし、既に古は薩摩の坊の津、筑前の博多、肥前の平戸、攝州の兵庫、泉州の界、越前の敦賀等え異國船入津して、物を獻じ、物を商いたる事、數多あり、是自序にも言が如く、海國なるゆへ、何國の浦ゞも心に任せて船を寄らるゝ事なれば、東國なりとて、曾て油斷は致されざる事也、是に因て思へば、當世、長崎の港口に石火矢臺を設て、備を張が如く、日本國中、東西南北を不論、悉く長崎の港の如くに備置度事、海國武備の大主意なるべし、さて此事爲し難き趣意にあらず、
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『海国兵談抄録』・自序・海国とは何か、水戦と大銃の優先海國とは何の謂ぞ、曰地續の隣國無して四方皆海に沿る國を謂也、然るに海國には海國相當の武備有て、唐山の軍書及び日本にて古今傳授する諸流の説と品替れる也、此わけを知ざれば日本の武術とは云がたし、先海國は外寇の來り易きわけあり、亦來り難きいはれもあり、其來り易しといふは軍艦に乘じて順風を得れば日本道二三百里の遠海も一二日に走り來る也、此如く來り易きわけあるゆへ此備を設ざれば叶ざる事也、亦來難しといふいはれは、四方皆大海の險ある故、妄りに來り得ざるなり、しかれども其險を恃て備に怠る事なかれ、是に付て思へば、日本の武備は外寇を防ぐ術を知ること指當ての急務なるべし、さて外寇を防ぐの術は水戰にあり、水戰の要は大銃にあり、此二ッを能調度する事、日本武備の正味にして、唐山韃靼等の山國と軍政の殊なる所なり、これを知て然して後、陸戰の事に及ぶべし、惜哉大江匡房を始として楠正成、甲越二子の如き世に軍の名人と稱するも、其根元唐山の軍書を宗として稽古ありし人々なれば、皆唐山流の軍理のみ傳授して、海國の議に及べる人なし、是其一を知て、其二を知ざるに似たり、今小子海國兵談を作て、水戰を以て開卷第一義に述ぶ、是海國武備の根本なるがゆへなり、日本の武備は此水戰を第一として、其上に又一ッの心得あり、其心得といふは、古の唐山と、今の唐山と、地勢人情ともに相違したるわけ也、まづ日本開闢以來、外國より來り襲し事は、唐山の元の時代、度々軍を仕懸し也、就中、弘安四年には大軍にて押來りしかども、幸に神風に逢て鏖せられたり、是元君は北種より出て、唐山を押領したる人なれば、元の代は唐山と北狄と一體に成て、
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『実武一家言抄録』・混同秘策と信淵の覚悟混同秘策は日本を根本として、全世界の万国を皆悉く□□るの議論なり。故に秘すべき事極めて多く、人に見すべき書に非ざるなり。因りて是を秘策と名づく。孟子に孔子の語を記して曰く、我を知る者は其れ唯だ春秋か、我を罪する者は其れ唯だ春秋かと。此の混同秘策に於ては予も亦曰く、万歳の後に至り、真主の興る事有らば、始めて予が千里の才にあらざるを知らんのみ、と。
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『海国兵談抄録』・第一巻 水戦・怠るなの戒めと操練、文武学校の趣意後世、必唐山韃靼の地より日本を侵掠する企を爲す者起るべし、怠る事なかれ、怠る事なかれ、是開闢より三千年の後、今日に至て、小子始て發言する所なり、竊に憶へば、此說話、小子が度に過たり、若くは鹽竈大神の詫宣にもある歟、初發より玆に至ては小子が千古獨見にして、日本武備の綱領斯に在と、竊に誇る所也、然と云ども文面而已を悅て、器械を不具は、善の善にあらず、又器械を見ても、操練なきは、亦善の善にあらず、文面を能會得し、器械を備、操練を善して、而後、始て善の善と云べき也、都て軍事は陸戰たりとも、操練なき人數は、やたら戰に成事多し、況や水戰は、船の懸引も、一身の進退も、不自由至極なるものなれば、是非に操練なくて不叶事也、然る故に水戰の操練は、操練中の又大切なる操練なりと知べし、必ゆるかせにする事勿れ、然と云ども、一向に操練而已に泥めば、亦血戰に鈍くなる事あり、能彼是の交を呑込て、操練血戰、二ッながら全きを妙と爲べし、扨既に海國水戰の義を述し上は、亦略陸戰の事をも話べし、因て第二卷より十六卷迄を書記して、以て大小戰鬪の大較を示す、讀者忽に爲事勿れ、左に圖する文武學校は、初より段々云る如く、まづ五六十萬石の國の形勢を以て圖する所也、然と云ども是は定式の無ものなれば、損益廣狹は心の儘に致さる〻事也、只其趣意さへ失はざれば、一二萬石の國と云ども建立せらるべし、況や其上なるをや、只返す〳〵も一圖に泥む事勿れ、附此意を推及して一家の內、子弟を敎る事も、亦此趣意を以てすべし、斯の如くならば、上、大將より、下、士庶に至る迄、皆文武兼備の趣を呑込て、其國柄、其人柄、當世に十倍して、目出度事此上もなき事なるべし、
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『実武一家言抄録』・日本の地勢と外圧(一)我日本の國たるや、支那の東南海中に在て、西は京都の偏西十度餘りなる琉球の入表島より起りて東は京都の偏東十六度程なる蝦夷の厄獨渡布島に至り、南は赤道下を北に距ると廿五度に當れる琉球の宮古島より起て、五十度程なる蝦夷の葛隸弗多島の中央に至る、東西廿六度南北廿五度の海中に盤踞し、山水香麗、氣候溫和、土地極て膏腴にして、物產甚だ豐饒なり、四邊皆海に濱するを以、其漕運の便利なる事天下に比すべきの國なし、誠に世界無双の富饒地也、是を以中古は蒙古の世祖忽必烈なる者混同の志を起し、其後に波爾杜尾爾の波天連等種々奸計を行ひ、近來は魯西亞諳厄利亞等の□□も又皆晴に併呑の念を懷きて、不斷に罅隙を窺ふ事既に年久敷事也、海邊諸國は警めずんばあるべからず、
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『海国兵談抄録』・第一巻 水戦・水戦の三つの肝要と江戸湾の備え今より新制度を定て、漸々に備なば、五十年にして、日本の總海濱、堂々たる嚴備をなすべき事、得て可期、疑こと勿れ、此如く成就する時は、大海を以て池と爲し、海岸を以て石壁と爲て、日本といふ方五千里の大城を築き立てるが如し、豈愉快ならずや、○竊に憶へば當時長崎に嚴重に石火矢の備有て、却て安房相摸の海港に其備なし、此事甚不審、細かに思へば、江戸の日本橋より、唐、阿蘭陀迄、境なしの水路也、然るを此に不備して、長崎にのみ備るは何ぞや、小子が見を以てせば、安房相摸の兩國に、諸侯を置て、入海の瀨戸に、嚴重の備を設け度事也、日本の總海岸に備る事は、先此港口を以て始と爲べし、是海國武備の中の又肝要なる所也、然と云ども、忌諱を不顧して、有の儘に言ふは、不敬也、不言は又不忠也、此故に獨夫、罪を不憚して以て書す、○水戰を逞くするには、第一に艦船の制作に工夫を盡すべし、其次は水主楫取に軍船の操練を能々敎べし、其次ハ總兵士に、水練、水馬、船楫の取まはしを敎べし、是水戰の三肝要也、猶委き事は下に出す所の文武兼備大學校の圖を見て知べし、

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