実武一家言抄録 / 混同秘策と信淵の覚悟
混同秘策は日本を根本として、全世界の萬國を皆悉く□□るの議論なり、故に秘すべき事極て多く、人に見すべき書に非る也、因て是を秘策と名づく、孟子に孔子の語を記して曰、知我者其唯春秋乎、罪我者其唯春秋乎と、此混同秘策に於ては予も亦曰、萬歲の後に至り、眞主の興る事有らば、始めて予が千里の才にあらざるを知らんのみ、
新字:混同秘策は日本を根本として、全世界の万国を皆悉く□□るの議論なり、故に秘すべき事極て多く、人に見すべき書に非る也、因て是を秘策と名づく、孟子に孔子の語を記して曰、知我者其唯春秋乎、罪我者其唯春秋乎と、此混同秘策に於ては予も亦曰、万歳の後に至り、真主の興る事有らば、始めて予が千里の才にあらざるを知らんのみ、
書き下し
混同秘策は日本を根本として、全世界の万国を皆悉く□□るの議論なり。故に秘すべき事極めて多く、人に見すべき書に非ざるなり。因りて是を秘策と名づく。孟子に孔子の語を記して曰く、我を知る者は其れ唯だ春秋か、我を罪する者は其れ唯だ春秋かと。此の混同秘策に於ては予も亦曰く、万歳の後に至り、真主の興る事有らば、始めて予が千里の才にあらざるを知らんのみ、と。
現代語訳
『混同秘策』は、日本を根本として、全世界の万国をことごとく(底本で判読できない字)するという議論である。だから秘すべきことがきわめて多く、人に見せるべき書ではない。そこで秘策と名づけた。『孟子』に孔子の言葉を記して、「私を理解する者は、ただ『春秋』によるのだろうか。私を罪する者も、ただ『春秋』によるのだろうか」とある。この『混同秘策』については、私もまた言おう。万年の後に、真の君主が興ることがあれば、そのとき初めて、私が千里の才の持ち主でないわけではなかったと知るだろう、と。
解説
この章句が説くこと
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