実武一家言抄録 / 武芸の心得と組打ち
(一)諸士既に土着したる上は常に心懸べき事あり、先武藝は數多有事なれども、何れにても己が好所の一藝を熟練すべし、多藝に渡りたるは善事なれども、多藝を心懸る時は熟達し難事有、然共太刀は誰人も帶する者なれば何れ劒術を學ぶべし、別して太刀は拔打の强さを貴ぶ、居合も學ぶべし、(二)柔術も身を固むるの要法也、然ども戰塲にての組打は悉く角力の業也、宜く夜々角力の會を取立て師を請て稽古すべし、角力は武士の肝要の藝也、但し組打の時は早く右手刺を用て組ながら胸脇を突べし、是別して大事の早業也、兼て能心得居るべし、斯くて組打は高く組は損也、ひくゝ下手に組を良とす、且上組に成ても組敷れても早く右手刺を拔て二刀三刀も敵の胸脇を突通す事專一とすべし、大事の所を突れては如何なる敵も直に弱る事也、漢尺にも六尺にも製し用べし、
新字:(一)諸士既に土着したる上は常に心懸べき事あり、先武芸は数多有事なれども、何れにても己が好所の一芸を熟練すべし、多芸に渡りたるは善事なれども、多芸を心懸る時は熟達し難事有、然共太刀は誰人も帯する者なれば何れ劒術を学ぶべし、別して太刀は抜打の強さを貴ぶ、居合も学ぶべし、(二)柔術も身を固むるの要法也、然ども戦塲にての組打は悉く角力の業也、宜く夜々角力の会を取立て師を請て稽古すべし、角力は武士の肝要の芸也、但し組打の時は早く右手刺を用て組ながら胸脇を突べし、是別して大事の早業也、兼て能心得居るべし、斯くて組打は高く組は損也、ひくゝ下手に組を良とす、且上組に成ても組敷れても早く右手刺を抜て二刀三刀も敵の胸脇を突通す事専一とすべし、大事の所を突れては如何なる敵も直に弱る事也、漢尺にも六尺にも製し用べし、
書き下し
(一)諸士既に土着したる上は常に心懸べき事あり、先武藝は數多有事なれども、何れにても己が好所の一藝を熟練すべし、多藝に渡りたるは善事なれども、多藝を心懸る時は熟達し難事有、然共太刀は誰人も帶する者なれば何れ劒術を學ぶべし、別して太刀は拔打の强さを貴ぶ、居合も學ぶべし、(二)柔術も身を固むるの要法也、然ども戰塲にての組打は悉く角力の業也、宜く夜々角力の會を取立て師を請て稽古すべし、角力は武士の肝要の藝也、但し組打の時は早く右手刺を用て組ながら胸脇を突べし、是別して大事の早業也、兼て能心得居るべし、斯くて組打は高く組は損也、ひくゝ下手に組を良とす、且上組に成ても組敷れても早く右手刺を拔て二刀三刀も敵の胸脇を突通す事專一とすべし、大事の所を突れては如何なる敵も直に弱る事也、漢尺にも六尺にも製し用べし、
現代語訳
(一)武士がすでに土着した上は、常に心がけるべきことがある。まず武芸は数多くあるが、どれでも自分の好む一芸を熟練すべきである。多くの芸に渡るのは善いことだが、多芸を心がけると熟達しにくいことがある。それでも太刀は誰もが帯びるものであるから、何であれ剣術を学ぶべきである。とりわけ太刀は抜き打ちの強さを尊ぶ。居合も学ぶべきである。(二)柔術も身を固める要法である。しかし戦場での組み打ちはすべて相撲の技である。夜ごとに相撲の会を催し、師を招いて稽古すべきである。相撲は武士の肝要な芸である。ただし組み打ちのときは、早く右手差しを使い、組みながら胸や脇を突くべきである。これは特に大事な早業である。あらかじめよく心得ておくべきである。こうして、組み打ちは高く組むのは損で、低く下手に組むのがよい。また上に組んでも組み敷かれても、早く右手差しを抜いて、二刀三刀も敵の胸や脇を突き通すことを第一とすべきである。急所を突かれては、どんな敵もすぐに弱るものである。漢尺にも六尺にも作って用いるべきである。
解説
この章句が説くこと
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『文武訓』武訓上一士たる人は、高きいやしき、弓馬剣戟の法をまなぶべし。武芸を知らざれば、戦にのぞみ敵に対しがたし。されど、大将たる人は、まづ兵法をならひて、次に武芸をならふべし。武芸に専なるべからず。武芸はただ其大略をならふべし。武芸は末なり、兵法は本なり。有司も兵法をならふべし。将たる人、武芸のみ知りて兵法を知らざるは、本をすてて末をとるなり。小身の士は、武芸を大やうはあまねくまなぶべし。弓馬、剣術鎗長刀、抜刀、撃剣、拳法、棒、水練など皆ならひ知るべし。一事も知らざれば変に応じがたきことあり。小身の士も、一芸をすぐれて精しくまなぶは、一事になづみて他芸に通じがたし。故に一芸に専一なるべからず。然れども、もし士の子弟など、一芸を以て、身を立てんと思ふものは、芸を専にしてくはしくまなぶべし。これ人の師となるに足れり。かやうの人、もしあまねく多芸にしては、一芸にくはしからず、くはしからざれば人の師となりがたし。
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『武訓』上・第4段士たる人は、高きいやしき、弓馬劍戟の法をまなぶべし。武藝をしらざれば、戰にのぞみ、敵に對しがたし。されど、大將たる人は、まづ、兵法をならひて、次に、武藝をならふべし。武藝に專なるべからず。武藝は、たゞ、其の大略をならふべし。武藝は末なり。兵法は本なり。有司も、兵法をならふべし。將たる人、武藝のみしりて、兵法をしらざるは、本をすてゝ、末をとるなり。小身の士は、武藝を、大やうは、あまねくまなぶべし。弓馬、劍術、鎗、長刀、拔刀、擊劍、拳法、棒、水練など、皆、ならひしるべし。一事もしらざれば、變に應じがたきことあり。小身の士も、一藝を、すぐれて精しくまなぶは、一事になづみて、他藝に通じがたし。故に、一藝に專一なるべからず。然れども、もし、士の子弟など、一藝を以て、身を立てんと思ふものは、藝を專にして、くはしくまなぶべし。これ、人の師となるにたれり。かやうの人、もし、あまねく多藝にしては、一藝にくはしからず。くはしからざれば、人の師となりがたし。
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『士道心得書』・武士の藝と職分謠鼓を四座の太夫に增り、鞠を飛鳥井殿を耻かしめ、花を池の坊とならび、はんせうを本因坊宗桂をめで、武士の藝とは云ひがたし。弓馬を始め、鎗劍術柔術、其の外鐵砲等に至る迄、技藝は何れをも不案内に之無き樣に心懸くべき事、士の職分なり。骨節を鍛へざれば變に應ずる事難し。故に武士の家に生るゝ人は、八歲の頃より、手習讀書を習はし、十四五歲に至りて、弓馬其の外技藝を習練すべし。
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『文武訓』武訓上一武士たる人は、武芸を知らずんばあるべからず。弓馬、刀剣、鎗長刀、鳥銃、拳法なども、其法をならはずしては、戦にのぞみて功をなしがたし。中について、弓馬を尤まなぶべし。弓馬の二は、ことさら学ばずしては、ちからつよしとても、妄に其術行はれず。他の武芸はよく習ひても、治世に生れては、一生の間一度も其わざ用に立たざることあり。弓馬は、治世にても日用のことなり。殊に馬は日々乗る物なれば、よく学ぶべし。
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『武道初心集』馬術(一)昔の武士の義は。弓馬と申候て大身小身共に弓を射馬に乘を以て。武藝の最上と仕りたる由に候。近代の武士の義は。太刀鎗扨は馬術を肝要と心掛て稽古仕り候。其外弓鐵炮居合和術など申す萬の武藝共。に年若き武士は。朝暮の勤と致し。習ひ學び尤に候。年ふけ候ては。何を習ひ度と存じ候ても。心に任せぬものにて候。偖小身の武士は。別して馬をよく乘習ひ。たとひ過もの。又は手を嫌ふ馬といふとも。是をあまさず乘こなし申樣にあり度事に候。子細を申すに。乘あひよくて馬形も宜敷馬は。世間に稀に候。たとひ有之候ても。大身武士の乘料となるを以て。小身武士の馬屋に繫ぐ事は成兼申候。其身馬術にさへ達し候へば。是はよき馬なれ共。過物とか。又は一癖有て。人の手を嫌ふ類の馬を見立て。馬代下直に買ひ求め。乘料と致す時は。いつとても身上に過たる馬を持て罷在候。總じて馬の毛色毛疵を吟味致すも。大身武士の事にて候。小身の武士は。我性に合ぬ毛色の馬をも厭はず。毛疵有て。人のいやがる馬をも嫌ふことなく。
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『文武訓』武訓上一兵術は、将と士と貴賤の位によりて、大小の用ことなり、其位に切なることを先まなぶべし。主将たる人はいふに及ばず、士卒の長となる者も、兵術を知らざれば節制に応じがたし。大夫以上の人は兵術をしるべし。兵術は武芸の本なり。兵術をしらずして、弓馬剣戟の芸をのみ学ぶを武学と心得るは、本をすてて末をとるなり。主将たる人、兵術を知らずして、只武芸のみを学ぶは武学にはあらず。芸術のみを好みて本を知らざるは、物をもてあそべば志を喪ふの類なり。武芸は一人に敵する術なり、兵法は万人に敵する術なり。

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